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素直なのは言葉以外



ふわふわと暖かい場所にいた。柔らかい日差しに照らされ、積もった雪が眩しいほどに輝いている。

いつもの公園。何かを見つけたのか、ハンとジンが走り出した。仁王先輩だ。雪と一緒になって銀色の髪がきらきらと光る。しかし、ここで会う約束をした覚えはない。どうして仁王先輩は公園にいたのだろうか。首を傾げる私を見て、仁王先輩は柔らかく笑った。


「おまんに会いとうなったから来た」


そっと握られた手が温かい。そうか、私たちは恋人同士だったっけ。だからここで会えたのか。

…ちょっと待て。恋人?…は?誰と誰が?
私と、仁王先輩が…?


「うおおお…!!」


雄叫びと共に飛び起き、ついでに寝ていたソファから転げ落ちた。つい先ほど見た夢も、今自分の身に何が起こったのかも理解できず目を白黒させながら床を這いずる。とりあえずハンとジンの毛が服についたのでコロコロを自分にかけながら頭を整理する。

まず、あれは悪夢だ。間違いない。雪景色は心踊るものがあったが今は私に精神的苦痛を与え続ける夏だ。先日ありえないと思っていた感情を自覚したばっかりに見てしまった悪夢だ。忘れるに限る。あと尻が痛いのはソファから落ちたからだ。今日の分の宿題を終わらせたあと、少し眠かったからとそのまま昼寝をしていたばっかりに…。それにしても尻が痛い。

痛む尻をさすりながら時計を見ると、短針は六の上を通過したところだった。母は友人と外食に出かけたのでいない。父も帰りは九時を過ぎるから今は私とハンとジンの三人きりだ。ご飯も私たちだけで食べなければならない。自分で作って自分だけで食べるご飯はどうにも味気ないのだがと溜息をつくと、玄関のチャイムが鳴った。


「へいへい、どちら様ですかー」
「おまんはどこのおっさんじゃ」
「…は!?」


喉が引きつるような音を立てておかしな場所へと空気を送り込む。途端に激しく咳き込み、諸悪の根源である白髪野郎…もとい仁王先輩は冷めた目で私を見下ろした。いったいどういうタイミングだ。ひねくれているにもほどがある。逃げるように家の中へ引っ込もうとすれば玄関マットに足を取られて転ぶしで散々だ。いっそ笑ってくれればいいのにと思わなくもない。


「アホがおるのう」
「う、うるさい!寝起きでちょっと頭回ってなかった、だ、け…」
「今度はなんじゃ」
「なんっでもないです!ハンとジンならリビン…じゃなかった、こっち来ちゃった」
「おう、久しぶりに会えて嬉しいぜよ」


転んだ体勢から立ち上がった後も仁王先輩の顔を見ることができず、私はあろうことかハンとジンを残してリビングへと逃げ込んだ。今までならば絶対にありえなかった行動だ。しかし、私の頭には夢で見た光景と、ついでに先日の試合の光景までフラッシュバックしており、同じ空間に立っていられそうになかったのである。

なんとなくソファの影に隠れて耳をすませる。仁王先輩がハンとジンにあれこれ話しかけているのが聞こえる。暑くてバテとらんか、飯はちゃんと食っとるか、運動はしとるか、俺に会えなくて寂しくなかったかエトセトラ。合間に私の名前も出てきたが鬱陶しくないかだとかやかましくないかだとかろくなことではなかった。余計なお世話だ白髪野郎。


「…それで隠れとるつもりか」
「気持ちの問題です」
「ハンとジンにアホが移る」
「黙れ。ハン、ジン、カムヒア!」
「あ!」


いつの間にか玄関から我が家へ上がり込んだ仁王先輩。ソファの影に隠れる私に気づくなり目一杯顔をしかめていた。おまけに失礼な一言までくれやがったので仕返しとばかりにハンとジンを呼び寄せると、普段はなかなかお目にかかることのできないショックを受けたような驚愕顔を披露してくれる。

いろいろな気持ちを落ち着けるようにハンとジンを抱き込めば、二匹は私の髪を鼻先ですくったり甘えるように額をすりつけたりしてくれて別の意味で落ち着かなくなった。なんということだ。愛しすぎて腕に力がこもる。


「…いい加減離しんしゃい」
「嫌です」
「ハンとジンにおまんのアホが移ったら一生呪うぜよ」
「言葉はアホいのに目が本気すぎて質悪いですね…」
「呪うぜよ」


忌々しげにすわった目をこちらへ向け、仁王先輩は物騒な言葉を繰り返す。私はどうしてこんな面倒臭い野郎に厄介な感情を抱いてしまったのだろうか。何よりもそれが面倒臭い。吐き出したため息は、我慢できなくなったらしい仁王先輩にハンとジンを取られたことでより一層重たいものになる。

面倒臭い野郎に面倒臭い感情を抱いてしまったことが面倒臭い。…とは思うくせに、同じ空間にいれることが嬉しいと思うこの心臓を誰か取り替えてはくれまいか。




素直なのは言葉以外



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