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苦情はお門違い



(裕太視点)


「聞いただーね!なんで黙ってただーね!」
「水臭いじゃないか、裕太」
「メンタル面にも影響を及ぼしかねないことですし、マネージャーの僕としてはひとつ報告をして欲しかったのですがね」
「あの…話が読めないんですが…」


スクールへ着くなり、待ち構えていたらしい先輩たちに囲まれてしまった。しかも言っている意味が分からない。最初はしらばっくれるなと肘でつついてきた柳沢先輩も、俺が本気で分かっていないと気づくと三人で何やら会議を始めてしまった。

コーチも困っているが、俺も困っている。いくら首を傾げようと、助け舟を出してくれそうな赤澤部長は残念ながらここにはいない。


「あのー…そろそろ練習始めませんか?」
「待った!その前に裕太に確認しないといけないことがあるだーね!」
「受付の芦原さんとか他の人たちにも聞いたから、言い逃れはできないよ」
「さあ、洗いざらい吐いてもらいましょうか?裕太くん」


右に柳沢先輩、左に木更津先輩、そして正面には観月さん。逃げ場がない上に相変わらず話が見えない。もう一度助け舟を出してもらえないかとコーチを見ると、苦笑いしながら「ほら、この間の子だよ」と人差し指を立てられて終わった。この間の子?誰だそれ。今度は反対側へ首を傾げる。すると、右隣にいた柳沢先輩がのしかかるようにして肩を組んできた。なんだこの人たち、妙にテンションが高いような…。


「彼女とテニスだなんて裕太も隅に置けないだーね」
「か、彼女!?」
「可愛い子だってってみんな言ってたよ」
「は!?いや、そんな、俺彼女なんていないっすよ…!」
「嘘を言うんじゃありません。証言はいくつもあがっているんですよ」
「そんなこと言ったって…あ」


俺は嘘は言っていない。彼女なんていないし、そんなものに気を取られるくらいなら今は兄貴より強くなることに集中したい。だが否定の言葉を重ねるより先にあいつの顔が頭に浮かんだ。

墨下先輩の従姉妹、名字名前。

たしかに名字とはこの間一緒にここへ打ちに来たのは来た。しかし、だ。一緒に来たのは名字だけではないしむしろメインはもう一人の人物、芥川さんと試合をすることだったはずだ。

盛り上がる先輩たちを横目に、俺は唇を噛み締める。絶対にからかわれた…いや、ネタにされた。芦原さんやコーチや他のスクール生のおじさんたちみんなに。くそ!どいつもこいつも勝手に面白がりやがって!


「まさか裕太に彼女がいたとは…」
「だから!いないって言ってるじゃないっすか!名字は前の学校の先輩の従姉妹なんすよ!」
「ほう、名字さんと言う方なんですか」
「え、あ、」
「うちの学校にそんな子いたっけ?呼び捨てってことは二年生か一年生だよね」
「いや、あいつ神奈川なんで…」
「遠距離恋愛だーね!裕太のくせにやるだーね!」
「だから違うと何度言えば…!」


はやし立てる柳沢先輩に思わず声を荒げそうになると、すかさず木更津先輩が「裕太、顔赤くなってるよ」と小さく笑った。それにますます顔が熱くなった気がする。どうしてコーチも芥川さんのことを言ってくれないんだ。目だけでそう訴えると、コーチは先輩たちをあおるように「裕太はその名字って子とダブルス組んで打ってたんだよ」といらないことを言ってしまった。

あれは断じてダブルスではなかった。俺はただ、初心者の名字を後ろでフォローしていただけだ。それに途中から芥川さんと試合を始めてしまった気がする…って、だからどうしてこうも芥川さんの存在を隠すんだ!


「観月さん!俺は名字とじゃなくて氷帝の芥川さんと試合をしてたんですよ!」
「氷帝の…芥川?あのマジックボレーの?どうしてそんな大事な試合に僕を呼ばなかったんですか」
「あ、あれはただの野試合みたいなもんだったし…」
「何を言ってるんですか。データを取る絶好の機会だったというのに…。裕太くん、今日の練習は覚悟しなさい」
「え、ええ…」


ぎらりと目を光らせ、口の端を吊り上げながら癖のある笑い声をもらす観月さん。柳沢先輩も木更津先輩もいつの間にかアップを始めてしまい、標的となった俺はただ頬を引きつらせることしかできなかった。

名字の奴、絶対後で文句言ってやる…!




苦情はお門違い



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