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お母さんはお見通し



入店を報せるベルの音。すかさず店員が駆けつけ、二言三言話すと女性を奥の席へと案内した。そこに待っていたのは今しがた来た客より少し若い女性。彼女は特に気にしたふうもなく、現れた待ち人に水を差し出す。


「はー、ありがとう名字さん。遅くなってしもうてごめんせーね」
「いいのよ。私も大して待ってないから」
「もう雅樹の阿呆が“弁当忘れたから持ってきよれー”なんて言うから…。あ、注文ばした?」
「まだ」
「私は決めた。…それでせっかく持ってきたったんに今度は“早く帰れー”とか言い出すやろ?なにー今さら照れとんのじゃって」


けらけらと笑う女性はメニューを手渡し、残りの水を一気に飲み干した。その額にはうっすらと汗が浮かんでいるが、表情に疲れは見えない。

先に待っていた女性は渡されたメニューに軽く目を通すと、適当に相槌を打ちながら近くにいた店員を呼んだ。そして二人分の注文を済ませ、またおしゃべりへと戻る。


「で、どーなのよあん子らは」
「私が見るに、何かあったわね」
「やーだ!ほんま!?雅治ったらなーんも言わんし顔にも出さんから面白うのうて!名前ちゃん、なんか言うとったん!?」
「雅治くんの試合観に行った日、帰ってきてからなんか違ったの。顔というか目が」
「あらまあ〜!そこんとこ詳しゅう聞かせてーや!」
「その前にドリンクバー」
「そがいなこと言わんとお!」


そう言って顔の前で手を合わせたのは訛り混じりに話す女性。対して、名字さんと呼ばれた女性はほんの少しだけ微笑んだかと思うとさっさとドリンクバーへ向かってしまった。しかし気心の知れた仲なのか、やはりどちらも気にしたふうはない。

戻ってきた手には二人分のアイスティー。待っている間に運ばれてきたサラダをつつきながらも、喋る口は止まりそうにない。


「何かおうたみたいて、まさか雅治が告白したったとか!?」
「それはないと思うわ。あの馬鹿が隠せると思えないし」
「馬鹿言うたんなやー。…にしても、雅樹もしっかり懐いとるみたいやしその内私もおうてみたいんやけんどのう…」
「いつでも貸すわよ」
「…肝心の雅治が呼ぶとー思えん」


身を乗り出してみたり、ちらりと横目にうかがってみたり、がっくりと肩を落としてみたり。くるくると表情を変えてみせる彼女は、話し出すとずいぶん若く見えた。反対に、向かいの席に座る女性は始終落ち着いており、見た目の印象より年上に思える。結果、ちぐはぐなようでいて妙にバランスの取れた二人組が出来上がった次第である。

メインの料理が届いてからも、二人は互いの子供の話をし続けた。最近、息子が家で携帯ばかりを見ているから何かと思ったらシベリアン・ハスキーの写真を見ていただとか、娘はメール画面を開いて閉じてを繰り返しているだとか、もう一人の息子が涼しくなればとボヤいているだとか、娘も毎日同じことを言っているだとか。

母とは子をよく見ているもの。些細な変化にも目敏く気づく。そして、その先にある変化が良いものであればいいと願う二人はこうして顔を合わせ、子供たちの変化をからかい混じりに見守っている。


「私は名前が雅治くんに告白するに一票」
「私は雅治が名前ちゃんに告白するに一票」


本人たちの預かり知らぬところで賭けをする二人。噂をすればなんとやらで、東京に住む従兄弟の元へ行っていた娘から帰宅報告メールが届いた。それに“ちょうどいい”とほくそ笑んで用事を言い付け、長話に花を咲かせる彼女はずる賢い。

はてさて、二人の勝負の行方や如何に。何も知らない子供たちは、未だ亀の歩みのままである。




お母さんはお見通し



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