雨音がうるさい
この日は一日雨が降っていた。ハンとジンにレインコートを着せて散歩に行っても良かったのだが、風が強そうなので渋々見送った。するとびしょ濡れになった仁王先輩が我が家へやって来た。意味が分からない。
「雨宿りさせんしゃい」
「いや、なんでですか」
「傘が壊れた」
「そらまた災難で」
ぼたぼたと雫を垂らす仁王先輩をそのままにしておくわけにもいかず、バスタオルを取りに向かった私を誰か褒めてくれ。
事の次第はこうだ。仁王先輩は雨と強風のため早めに部活が終わり、同じ方向の赤也は元気にゲームセンターへ向かい、柳先輩はデータの整理をしてから帰るとかで一人で家へと向かっていたのだという。そしてその途中で強風に煽られ、傘がひっくり返ったと。奴にしては珍しいミスだ。
私が離れた隙にハンとジンを呼ぼうとしていたので、あの子たちまで濡らされては敵わないと慌てて呼ぶも時既に遅し。あろうことか濡れた髪をハンの背中に押しつけて遊び始めやがったのである。
「ちょっと!遊ぶ前に髪拭いてくださいよ!ほらタオル!」
「おう、おまんにしては気が利くのう」
「ラケットもバッグから出した方がいいんじゃないですか?もういっこタオル持ってきます」
「…おまんがそう気ぃ利かせると雨が強くなる気がするぜよ」
「私の善意を利子つけて返せ」
「プリッ」
まったくこの白髪野郎は呆れてものも言えない。仕方なくため息だけつき、またタオルを取りに行こうと階段をかけのぼる。そして戻ってきたところでいつまで経ってもリビングに入ってこないことを不思議に思ったらしい母が顔を覗かせた。奴は今びしょ濡れで家に上げられる状態ではないことを簡単に説明。ふむ、と思案顔をする母。まあ思案顔というより無表情に近いが。
「お父さんが帰ってきたら車で送ってあげられるけど」
「適当に傘貸して帰せばいいよ」
「まあそれでもいいか。本人に聞いといて」
「へーい」
普通ならば遠慮してすぐに帰るところだろう。だが仁王先輩(と雅樹)はすっかり我が家に馴染んでしまっているので父が帰ってくるまで居座ることも十分に考えられる。そうなるとハンとジンを独占されかねない。それだけは断固阻止せねば。現に今は奴に取られている状態なのだから。
私がパシリのようなことをしている間、奴は悠々とあの子たちと戯れているのかと思うと腹が立った。文句のひとつでも言ってやらねば気が済まないというものだ。手に持ったタオルを握り締め、皺が深く刻まれることもいとわず更に力を込める。
そしてリビングから玄関へと向かったのだが、飛び込んできた光景に喉まで出かけた言葉を押し止めてしまった。
「今日は散歩はお休みか?」
「バウッ」
「ほーか。明日は晴れるとええのう」
玄関にしゃがんだ仁王先輩が、ジンと鼻先をくっつけ合って楽しそうに喋っている。睨めっこをするように瞬きせず見つめ合ってみたり、わざと鼻を押しつけてみたり。よく分からないが、奴は心臓に悪い顔をしていた気がする。
気がついたときにはその白髪頭にタオルを叩きつけていた。何やら文句を言われた気がしないでもないが言葉は右から左へと抜けていく。
「雨なんてろくなもんじゃない…」
「そんなに散歩に行きたいんか」
「…当たり前です」
「まあ分からんでもない」
妙な会話だ。肩をすくめる仁王先輩からハンとジンを避難させ、濡れたハンの背とジンの鼻を念入りに拭きながら、どうか明日の天気は晴れであってくれと切に願う私だった。
雨音がうるさい
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