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アンノウン・ワールド:02


興味と言ってもそんなに“おキレイ”な感情から来ているものではない。沼の底に沈む泥を突つくような、黒いものを孕んだ好奇心。きっと薄暗いものがあるだろうと分かっていながら覗き込むのは、怖いもの見たさとも言えるし、所詮は他人事だからとも言える。あるいは俺だけしか知らないだろうという優越感かもしれない。
どっちにしろ性格悪いなあとは自分でも思う。人の傷を突ついて遊ぼうとしているわけだし。

でも、俺の世界の外側の人間だから、別にいいかと思っていた。



「逢坂くん、もう体大丈夫なの?」
「ん?ああ、なんともないよ。昨日はありがとな」

逢坂が倒れた翌日、朝練を終えて教室へ来ると彼はいつもと変わらぬ顔で席に座っていた。顔色も表情も普段となんら変わりない。健康そのもの、に見える。
俺は心配そうな顔を笑顔に変えて、自分の机の上にエナメルバッグを置いた。

「そっか、なら良かった!でも無理したらダメっスよー」
「おう。もう大丈夫だから大丈夫」

ニッと男らしく笑った逢坂は一限目の準備のためにロッカーへと向かった。すぐにクラスメイトが入れ替わり立ち替わり彼の体調を尋ねていたが、最後には「しつけーよ!」と腹をどついて黙らせていた。ちなみに殴られたのは逢坂と仲の良い芝崎。あいつはいじられキャラだから仕方ない。

入学式から一カ月ほどが過ぎ、クラスメイトの顔と名前はだいたい覚えた。出身中学が分からないにしても、地元組と県外受験組くらいは把握している。
逢坂は県外受験組。同じ出身校の人間はゼロ。休み時間にそれとなく女子に聞いて回ったが、誰も出身校を知らなかった。こうなるといよいよ黒い好奇心が刺激されてならない。

(中学ん時になんかあって、わざわざ遠くの学校を選んだとか?)

開いただけのノートに肘をつき、先生の長ったらしい話を聞き流す。隣の逢坂はまめにノートを取っているらしく、頻繁に顔を上げたり下げたりと忙しそうにしていた。
何か。過去に何かあったと考えるなら、真っ先に浮かぶのはイジメ。だけど逢坂が人に怯える素振りはないし、妙な雰囲気というものもない。むしろ人を選ばず好きな時に好きなように人の輪に入っている。イジメの線はなさそうだ。

(じゃあ、無難に親の都合とか)

手持ち無沙汰だったので、真っ白なノートにこの前の誠凛のフォーメーションを書き出してみた。そういえば黒子っちのあれ、痕になってなきゃいいんだけど。今度会いに行って確認しよう。痕になっててもメールとかじゃ教えてくれなさそうだし。
くるりと回したペンでノートを叩き、噛み殺した欠伸を左手で隠す。親の都合といって思いつくのは転勤くらいなもの。逢坂が人に家族の愚痴を零したことは(少なくとも俺が知る限りでは)ないし、人の愚痴に同調したこともない。家族仲は良好なんだろう。

(スポーツ推薦、はまずないしなあ)

何せ逢坂は帰宅部だ。運動部はおろか文化部にも所属していない。体育の授業には普通に参加しているから怪我でどうのということもないだろうし、勉強はできる方みたいだけど赤司っちや緑間っち、紫原っちほどではないし……。
そこまで考えて持っていたペンを転がした。つまり逢坂のことは何ひとつ分からないってことが分かったからどうでも良くなったのだ。桃っちじゃないんだから情報収集とか無理無理。



アンノウン・ワールド:02

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