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基本的に後ろ向きで歩けない


そんなことを考えていた時期が私にもありました。

今はぶっちゃけ恋とか二の次でいいから彼氏が欲しい。だって!周りが!みんな!「サッカー部のアツシくんに告ったらOKされっちゃった〜」「え〜マジで〜!?おめでと〜!」とかそんなんばっか!別れろとは思わないけどその幸せ少しでいいから分けてほしいとは思う。告ったって何?告られたって何?勇者なの?私今までそんなこと一度もなかったんだけど、私って、そんなに、ブス……?

と、そこまで思い至った私は居ても立ってもいられず、その週の土曜日にちょっとだけ勇気を出していつもと違う格好をしてみた。雑誌を睨みながら薄く化粧をして、親にねだって買ってもらったはいいが初っ端から顔を焼いて封印していたコテを引っ張り出し、やはり雑誌を睨みながら慎重に巻いていく。くるくるし過ぎなのが恥ずかしくてブラシで無理矢理伸ばしたりもしたが、鏡に映る自分はいつもより可愛い、はず。たぶん。

どんな仕上がりになっているのか気になるのに、自分で手を施したと思うと妙な恥ずかしさがこみ上げる。結果としてチラッチラッと鏡を横目で見る羽目になった。なんか自分に恋してるみたいで気持ち悪いからすぐやめたけど。

タンスから出した一張羅。財布とスマホでいっぱいになるような小さな鞄。今の私は可愛い(たぶん)を心の中で十回ほど唱え、親に見付からないように忍び足で階段を下り、箱に入ったままのパンプスをそっと玄関に置いて爪先を入れる。チェーンと鍵を外してドアを開け、最後の最後に隙間から「行ってきます」だけを家の中にかけた。そして姿を見られる前に飛ぶようにして走り去る。やばい、今の私忍者になれるかも。妙にテンションの上がった私は謎の無敵感に溢れていた。




「はじめまして!君一人?良かったらこの後、俺とお茶でもどう?」
「え、あ、え、おっ」


はい。無敵タイム終了。現在地、若者集いしショッピング街。状況、白ランの男子に声を掛けられてテンパってる現在進行形ing。頭の中では討死のテロップが流れている。正直敗走でいいからダッシュで逃げたい。

明るく染められた髪にすらりとした長身。肩にかけられたでかいバッグはもしやギターかと思ったらスポーツブランドのロゴが入っていたので違いました。たしか学校で男子があんなの背負ってた気がする。テニス部だっけ。あんなでかい鞄に何入れるのラケット何十本も入ってるのって聞いたら中身見せてくれたんだよね。ジャージとゴミみたいなノートが入ってた。もういいよって笑顔でチャックを閉めてあげたのは私の優しさです。

よーしちょっと落ち着いてきた。やればできる私。気合入れたお洒落した途端、人生初ナンパにあいましたとかね、こんなものの対処法は誰からも聞いていないのでどうすればいいか分からない。制服、ということは学生だからそんなに年は離れていないはず。その前に白ランとかこの辺では山吹中くらいしかないから十中八九、年近い。よーしよし、いいぞだいぶ落ち着いてきた。


「えっと、君すっごく可愛かったから思わず声かけちゃったんだけど」
「えっ!?」


やめてそういうのいらない!許容範囲超えてるから!


「あのー……」
「う、うん!暇!です!うん!たぶん!めっちゃ暇!」
「あ、ホント?ラッキー!近くにオススメのお店あるんだけど、そこでいい?」
「どこでもいいよ!」


するりと、こちらに触れない程度の位置に並んだ男に私は更に焦りを募らせた。同じ中学生とはいえ、知らない男の人と道案内とかそういうのではなく並んで歩くなんて初めてだから緊張してしまう。

大丈夫かな私、家出たときテンションの赴くまま走っちゃったけど汗臭くないかな、髪とか崩れてないかな、変な汗ジミできてないかな、全体的に大丈夫かな。そんなことばかりが気にかかってほとんどの言葉が右耳にも左耳にも入らなかった。

とんちんかんな相槌しか打てなかった気がするのに、彼は嫌な顔ひとつせずにこにこと、本当に楽しそうに話しかけてくれるものだから私の強張った肩もいつしかすとんと落ちていた。そうだよね、相手中学生だもんね、クラスの雑巾投げ合ってる男子と同じだもんね、緊張する必要ないない!


「あ、見えた見えた。あそこの紅茶と焼き菓子が美味しいんだよー」
「へ、へー……」


前言撤回。こんなシャレオツな喫茶店とか入ったことない。すっごい緊張するお腹痛い。

アンティークっぽいお店の外観に、内装もいちいち小物が可愛いおしゃれで小さな喫茶店。空調の風に当たって気が付いたけどすっごい汗かいてる。やばい。一気に冷えたお腹痛い。しかし今「ちょっとお手洗いに」と席を外して二、三分で帰ってくる自信がないイコール「んっんー!」と咳払いしたくなる答えが導き出されてしまう。よって、私は大人しく案内された席についた。大丈夫。温かいもの飲んでお腹を温めればきっと耐えられる。


「そういえば、まだ名前聞いてなかったよね。俺は千石清純!キヨって呼んでくれてもいいよー」
「私は、春園遥。です」
「あはは、タメ口でいいのに」
「う、うん。じゃあタメで」


二人でひとつのメニューを覗き込みながらも、私は腹痛に耐える討死コースとお手洗いに駆け込む敗走コースを天秤にかけていた。やっぱりまだ討死コースに傾いている。ここまできて女を捨てるわけにはいかない。なけなしの女子力を総動員してでもこの苦難を乗り切ってみせる。


「どうしよっかなー。いつもはこれ頼むんだけど、今日は暑いからアイスにしよっかな」
「私はホットのロイヤルミルクティーで」
「もしかして遥ちゃんって冷え性?そっちの席エアコン当たる?」


その言葉に、私は衝撃を受けた。ただ腹痛を耐えるためだけにホットを選んだのに、千石くんは二手、三手先の気遣いを見せてくれたのだ。こんな気遣いのできる男子は私の周りにはいなかった。女の子の日でげっそりしていようが「腹でも下した?」とオブラートも何もない言葉を投げてくるような男子ばかりだったのに、千石くんは、違う。

大丈夫、ホットの方が好きなだけだからと口では答えるも、内心はちっとも大丈夫じゃない。笑顔を絶やさない千石くんがキラキラして見える。さっきまでとは明らかに違う緊張感が全身を包み、心臓が胸の内側から布団たたきで容赦なく連打してきている。心臓痛い。お腹も痛い。全体的に痛い。



……結局、私の人生初ナンパは何を話したのかも分からない内に終わった。家に帰って湯船に浸かりながら「なんか全体的にぼんやりしてるし妄想だったのかも」という結論に落ち着きかけていたら、千石くんから「今日は楽しかったよ。また会ってくれると嬉しいな」メールが来て私は無言でベッドを殴りつけた。

時代がやっと私に追いついた!!



基本的に後ろ向きで歩けない

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