比嘉中テニス部のプレゼント



そういえば。その言葉を文頭に添えて、田仁志以外の仲間にメールを送ったのは甲斐だった。それぞれから返ってきたメールを読み、甲斐はまた文字を打ち込んでいく。

それじゃあ。今度はその言葉を文頭に添えて、再び仲間たちへとメールを送った。

十月二十三日。空は冬色になりつつある。


「で、皆さん何か用意したんですか」
「今日思い出したからしてねえ」
「同じくー」


放課後の三年二組にて、甲斐を筆頭にかつてのテニス部員たちが集まっていた。レギュラーとして同じ試合に出ていたためか、二年の新垣までこの場に呼び出されている。ちなみに今日の部活動は顧問の早乙女が出張中のため休みである。それにかこつけて、というのも理由のひとつに入るだろう。

しかし、メールを送った甲斐ですら何も用意していなかった。当然、メールをもらってから思い出した他の面々が何かを用意しているはずもなく、これから遊びに行く先で何かをあげればいいだろうくらいのつもりでいた。
三年生“は”。


「俺、いちおうクッキー焼いてきましたけど…」
「はーや!?味見したい!」
「甲斐くん。あなたはゴーヤでも食べてなさい」
「…わっさん」


新垣は律儀にも田仁志の誕生日を覚えていたらしく、得意のクッキーを焼いてきていた。それを見た甲斐が目をらんらんと輝かせたのだが、木手の一言でその瞳はあっという間に輝きを失った。平古場は「ふらーや、ふらー」と言いながら知念の背中を叩いて笑っている。相も変わらずな先輩たちに新垣は苦笑せざるを得ない。不知火は後輩に苦笑させていることに苦笑した。

しかし、このままでは話が進まないと思ったのか、新垣はあえて流れを変えるように言葉を挟む。


「でも、田仁志先輩ってまだ学校内にいますか?」
「裕次郎」
「あー、待ってろって言ってねーらん。ちょっと呼んでくるさー」


そう言って、甲斐はバツが悪そうに後ろ頭を掻きながら教室を後にした。甲斐が田仁志を呼びに行っている間に残った面々でこの後の予定を考える。そうして無難に割引の効く佐世保バーガーを食べに行こうかと話がまとまりかけたとき、血相を変えた甲斐が教室へと飛び込んできた。


「やべえ!!へーく!やったーらもへーくしれー!!慧くんが…!!」
「あい?何言ってるんばー?」
「慧くんが女子とどっか行ったんさー!!」
「「はーや!?」」


地団駄を踏む甲斐。急に立ち上がったせいで椅子を倒してしまった平古場、不知火。新垣と知念は顔を見合わせ、落としそうになったクッキーを慌てて鞄の中に入れた。そして、かつてのキャプテンたる木手がおもむろに眼鏡を押し上げる。


「全員、急いで田仁志くんを探しますよ」


その言葉を合図に、皆一斉に荷物を持って教室の出口へと向かった。早く早くと急かしていた甲斐の荷物は平古場が投げ、きちんと受け取ったのを確認して廊下を走り出す。風紀委員に評定委員、本来なら手本たるべきはずの二人が率先して前を走っていたが、木手に逆らう者はいないのでノープロブレム。


「甲斐くん、田仁志くんの行き先に心当たりは?」
「教室に残ってた奴がたぶん校舎裏だろうって言ってたさー!」
「おいおい、いよいよそれって…あぬデブに限ってそれは…」
「信じがたいやっさー…」


誰も彼も己の目で見るまでは信じられないと繰り返し口にする。昇降口で靴を履き替え、集団で走り回っていることで向けられる訝しげな視線には気にも留めず、先を争うようにして校舎裏を目指した。

最後の角、この先が、という所の少し手前から足音を潜める。そしてゆっくりと壁の向こうを覗きこんだ。


「あれってたしか田仁志の隣の席だった…」
「俺、あの人と田仁志先輩がゴミ捨てに行くところ見ました」
「慧くんと調理実習の班が一緒だった子さー。…つーかやったーらも知ってるばー?」
「そういえば田仁志くんの腹を殴っているところを見ましたね」
「わんもあぬ子は見たことあるさー。体育の時、慧くんのこと見てたからなー」
「もしかしなくとも…学年集会の時のは慧くん狙ってぶつけたのかやー…」


六人それぞれが、二人でいるところを見たことがあると言う。それなのに今まで全く気が付かなかった。女子の方が奥にいることからして、呼び出したのは田仁志ではなく彼女であることは明白。いつかの新垣のように、誰ともなく“美女と野獣”という例えが口からこぼれた。

ここまで小声でやり取りをしていた彼らだったが、田仁志と女子の方が何やら騒がしくなったことで慌てて口をつぐんだ。


「…あの、それ、帰ってから見て…ください…」
「なんか言ったばー?」
「え!?ちょ、なんで今開けるのさー!?」
「あい?これ、」
「あああ…!わっさん!勘弁してやー!」


おそらく女子が渡したのであろう何かを見た田仁志。それが予想外の行動だったのか、耳まで赤くなった顔を伏せて六人が隠れている所まで駆けてくるではないか。このままでは気づかれるのは確実。隠れるか、逃げるか、それとも。

六人が出した答えは、その内のどれでもなかった。


「ちょい待ち!まだ逃げるには早いんじゃないかやー?」


逃げ道を塞ぐように、六人は彼女の前に立ちはだかった。突然のことに目を白黒させる女子は、されるがままに甲斐に肩を掴まれ、そして後ろから追いかけてきていた田仁志へと向き直させられた。途端にびくりと跳ね上がる細い肩。田仁志も田仁志で、テニス部の面々がその場にいたことに驚いた様子だったが、順に続けられた言葉を聞いてそういうことかと笑った。


「慧くん、わったーが引き止めたこのファインプレーが誕生日プレゼントってことで、どう?」
「おう、上出来さー」


甲斐に背を押され、彼女は一歩前へと足を踏み出す。赤い顔を俯けたまま震わせていた手を取り、そしてまるで子供にするように、田仁志は彼女を高く抱き上げた。

かりゆし。二つの意味を込めた祝いの言葉に囲まれて、二人は赤らめた顔で幸せそうに笑った。




比嘉中テニス部のプレゼント

fin

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