甲斐裕次郎の目撃情報



「あ、慧くんやっしー」
「言われなくともあぬデブに気付かんわけねーらん」
「………」
「ぬぅーがや」
「慧くーん!凛が慧くんの悪口言ってるばーよー!」
「あ」


眠たくて仕方ない学年集会のあと、慧くんの姿を見つけたと凛に言えば上のような反応が返ってきた。凛は慧くんに対して容赦がなさすぎる。それをからかうように慧くんの名前を呼べば、なんだか面倒くさそうな顔でこちらを振り向いた。凛なら分かるが俺に対してその顔はないと思う。そんな慧くんにはこうだ。


「慧くんまで冷たいー!」
「うぐっ!」
「ひっ…!」
「あがっ!?」


少し勢いをつけて慧くんの胸のようなお腹のような…その辺に飛び込む。すると予想通り潰れたような呻き声が上から聞こえた。そこまでは分かる。そこまでは。

だけどその後に続いた悲鳴と慧くんの二度目の呻き声はなんだ?女子らしい細い声は慧くんの向こう側から聞こえた。ひょいと覗き込んだ先、顔を真っ赤にした女子とばっちり目が合い、瞬きを数回繰り返す。


「ご、ご、ごめんなさい…!」
「え?」
「ごめんなさいー!」


いきなり謝るなり脱兎の如く逃げ出されてしまったが、あれはいつだか慧くんの調理実習で見かけた女子だった。よろけたような格好をしていたからさっきの悲鳴はあの女子のもので間違いないと思う。

でもいったいなんだったんだ。わけが分からず凛と慧くんと顔を見合わせ、首を傾げた。


「っははは!わっさんわっさん、あぬひゃー人見知りなんさー」
「私がぶつけたんだけどね、やったーらがいたから驚いたんやっしー?」
「気にしなくていいからねー」
「いや、意味分からんし!」
「気にしなくていいから、ね?」
「お、おう」


さっきの女子の友達なのか、何やらものすごくニヤニヤしながら俺たちを追い越して行った。気にしなくていいと言われても気になるものは気になる。それにさっきの女子は顔が真っ赤だったんだ。これは見間違いではない。

ひょっとして、ひょっとして…?


「わんのことが好きとか?」
「ふらー」
「ふらー」
「ぬーがや!だって顔真っ赤だったんどー!」


凛も慧くんもそろって蔑むような目で見やがって!あれは絶対俺を見て顔を赤らめていた!絶対に!


「裕次郎はありえないさー。きっとわんに気がある」
「ふらー」
「ふらー」
「ぬーがや!」


今度は俺が凛を蔑んだような目で見る番だった。いやだって凛はあの女子から一番離れた場所にいたしないだろ。慧くんも普通に考えてないだろ。そうしたらほら、やっぱり俺しかいないだろ!


「ふらー」
「ふらー」
「まだ何も言ってねーらん!」


凛だけじゃなくて慧くんも俺に冷たい。みんなもっと俺に優しくするべきだと思う。




甲斐裕次郎の目撃情報


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