木手永四郎の目撃情報



廊下を歩いていると、移動教室から戻ってきたらしい五組の生徒が騒がしかった。鬱陶しいことこの上ありませんね。苛立ちを誤魔化すように眼鏡を押し上げて小さく咳払いをひとつすれば、騒がしかった廊下は私の傍から順に静かになっていく。初めからそうすればいいんです。

しかし、それでも静かにならない人間がひとりいた。相も変わらず、その巨漢はいつか教室の入口を通れなくなるのではと思うほどなのですが、本人は露ほども気にする素振りを見せない。部活もとうに引退した以上、いい加減体脂肪率をきちんと計り直して欲しいのですがね。


「田仁志くん。あなたまた太ったんじゃないですか?」
「…開口一番だぁはねーらん」
「もうだいぶ涼しくなりましたが、まだ海には潜れますね。ああでもそういえば台風が来てましたねえ」
「明日計って報告するので勘弁してください」


折り目正しく九十度に腰を曲げた田仁志くんに免じて今日だけは見逃すことにしましょう。いや、でももう少し釘を刺しておくべきですか。もう一度眼鏡を押し上げ、どう脅して…いえ、念押しをしようか思案する。ついでに受験勉強もさせたい。高校で再度頂点を目指すなら、あれ以上のメンバーはいないのだから。


「もし計ってこなかった場合は」
「ば、場合は…?」
「次のテストで学年一位でも取ってもらいましょうか。できなければ内地で寒中水泳です」
「うちなーならまだしも…内地は勘弁さー…」
「なら忘れないことです」


これだけ言っておけばいくら田仁志くんと言えど忘れないはず。これで用は済んだと踵を返すと、ちょうど私の真後ろにいたらしい女子とぶつかりそうになった。が、彼女が大袈裟なまでに飛び退いたお陰でぶつかることはなかった。こちらとしては睨んだつもりもないのに、こうも怯えられるのはあまり気分のいいものではない。


「す、すみません!」
「…いえ、こちらこそ」


互いに軽く…いや、彼女だけは仰々しく頭を下げて、私は教室へ戻るため廊下を歩き出した。

教室に入る直前、また騒がしくなった廊下の先に目を向けると先ほどの彼女が田仁志くんの腹を殴っていた。思わず柄にもなく二度見してしまったが、二人はすぐに教室内へ消えてしまったので詳しいことは分からなかった。

明日の条件、もうひとつ追加しておけば良かったかもしれない。




木手永四郎の目撃情報


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