不知火知弥の目撃情報



次の授業の用意をしようと思ったら机の中に英語の教科書が見当たらなかった。あまり期待せずに覗いたロッカーにもその姿はなし。仕方ない。また田仁志にでも借りるか。

俺は四組、田仁志は五組。すぐ隣の田仁志のクラスに顔を出すことは少なくないし、逆もまた然り。なので俺が五組に顔を出そうが誰も気に留めないのだが、この日は少しだけ事情が違った。席順が昨日までと違っていたのだ。


「あり?席替えしたばぁ?」
「おー、田仁志に用かー?あぬひゃー、一番いい席になったんさー」


教室の入り口近くで話し込んでいた奴に聞けば、そいつは窓側、一番後ろの席を指差して笑った。たしかに一番いい席だ。まあ、田仁志は体が規格外にでかいから前の席になることはまずないんだけどな。

どうやら田仁志本人はどこかへ行っているらしい。一番後ろなのをいいことに放り出されたラケットバッグは間違いなく田仁志のものだが、席に主の姿はない。念のため、隣に座っていた女子にもこの席で間違いないことを確認し、机の中を覗く。…奥の方でプリントが潰れていた。ついこの間、永四郎に机の中を整理させられていたはずなんだがなあ。もうこのありさまか。

仕方なく机の中身をまとめて引っ張り出し、上から順番に見て行くも肝心の英語の教科書だけが見当たらない。もしかして、他の奴に貸しているのだろうか。


「あ、あの、そこにないなら、たぶん、ロッカーの方に入っちょる…と、思う…」
「おお、ありがとやー」


もう諦めて他の奴に借りようかと思っていたのに。肩をすくめた田仁志の隣の席の女子が、少し怯えたようではあったが後ろのロッカーを指さして教えてくれた。そうだな、ロッカーの存在を忘れていた。言われた通りロッカーを漁ってみれば、こちらもプリントやらテニスボールやらで散らかってはいたが目当ての教科書を見つけることができた。

もう一度、さっきの子に礼を言う。俺も背はかなり高い部類だし、怖がられても仕方ないのかもしれないが…彼女の笑顔が分り易すぎるほどに硬い。これでは伝言を頼むのも無理そうだ。

いや、そもそも田仁志なんかの隣で大丈夫なのか?あいつは良くも悪くも裏表がないから、きついことを言ったりするんじゃないだろうか。次の席替えまでの一カ月間、決して短い時間ではない。


(…って、俺がそんなこと心配してもちゃーならんか)


伝言の代わりに、田仁志の机に「英語の教科書借りた。あと机の中キレイにしろよ」とメモを残しながら、なんとなくため息をつく。まあ、しばらくの辛抱だ。ちばりよー…としか言えないか。




不知火知弥の目撃情報

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