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おいしいジェラートを食べながら若干重い足取りで向かったテニスコート。基本はスクール生が使っているようだが、内何面かは一般にも開放されていた。ティーシャツとパン…ストライプ柄のハーフパンツをジローさんに借り、ラケットを裕太くんに借り、シューズをここの施設から借りた私は今、テニスコートに立っている。…よし、もういい。やるからにはちゃんとやろう。

まずは柔軟を含めて念入りな準備運動から。裕太くんはちょっと体が固いらしく、前屈の曲がり具合がいまいちだ。反対にジローさんの体は柔らかく、裕太くんの向かいで「これくらいいくっしょ!」と指先で触れるどころか足を掴むほどの勢いで前屈していた。特にこの人、手首が恐ろしいほど柔らかい。よく曲がる。私も真似してみようかと思ったがぼっきり折れそうだったのでやめておいた。


「ジローさんは手首もふわっふわですね」
「ふわっふわっつーかぐにゃっぐにゃ?」
「Aー、裕太の言い方だとタコみたいでヤダ!」


たしかに。ジローさんは髪の毛もふわっふわだから、ニュアンスは違うが同じ柔らかいという意味でふわっふわを選んだのに。ぐにゃっぐにゃと聞くとなんだかグロテスクだ。私と裕太くんが微妙な顔をしていたら、抗議の声と共にテニスボールが飛んできた。こら!隣のコートに入っちゃったら危ないでしょうが!

そんなこんなで追いかけっこをしたりボールを拾い集めたりして体を温めた私たち。まずは裕太くんが簡単にフォームを見せてくれたのだが、正直体の動かし方が分からない。重心移動を意識しろ、腕だけで打つな、腰を使え、膝は曲げて、トップスピンをかけるように、グリップはもっと下を握って…エトセトラ。右から左へラケットを振り抜く間にどれだけの筋肉を使うんだ、というくらい注意点が多い。それに裕太くんは左利きなので隣に立たれるとフォームが逆になって分かりにくい。…文句の多い生徒で申し訳ない。

見かねたジローさんが私の隣でフォームを見せてくれたものの、


「フッと構えてグンッていくんだよ〜。ぶおんって振っちゃダメ〜」


と、これまた分かりにくい解説をつけてくれたせいで疑問符が乱舞して終わった。そういえばこの人、丸井先輩とも異文化交流していたなあと懐かしいことを思い出したり思い出さなかったり。

まあ結論としては、初心者がいきなりラリーをするのは無理ということだ。まずボールが真っ直ぐ飛ばないしコート内にすら入らない。負けず嫌いな気がある私としては不服な結果ではあるが致し方ない。


「分かってはいるけどなんか悔しい」
「まあ最初はみんなそんなもんじゃないか?初心者は素振りと一球打ちの練習でフォームを作るところから、だな」
「そこまでしてテニスをするつもりはない」
「…なんだよ、面白いのに」


手の平でラケットをくるくると回していた裕太くんは拗ねたように唇を尖らせた。かず兄やジローさんといるとしっかりしているように見えるのに、たまに子供っぽい一面も見せるからよく分からない。まあそれも含めて裕太くんということか。

…それにしても暑い。ティーシャツの首元をつまんで扇いでみても大して涼しくならない。ジローさんはコートに座り込んだまま一休さんポーズで何やら考え込んでいるし、今の内にコート横に避難しておいた方が良さそうだ。そう思って一歩を踏み出してたものの、後ろから急に声があがったせいで反射的に振り返ってしまった。


「やっぱこれっきゃないでしょー!」
「えっ…ジローさんなんですか急に」
「ボレーだよボレー!はい、ハスキーちゃん構えて〜」
「えっ?えっ?」
「右手と右足を一緒にだーす」
「えっ!?えっ!?」
「バック側も右手と右足をまえ〜」
「は、はい」
「じゃあボレーいってみよー!」


ジローさんに言われるがままフォームを真似して右に左に首を傾げる。いつの間にやらネットを飛び越えて反対側のコートに入ったジローさんは、片手に三つのボールを持って「いくよ〜」と間延びした声をあげた。いくよってまさか、ちょっと…!


「タイム!ジローさんタイム!」
「足止めちゃダメだC〜。左右交互に足踏み足踏み〜」
「うぎゃああ!」
「ちゃんとボール見てね〜。相手が打ったと同時に軽くジャンプ!」
「ひいい…!」
「肘は伸ばしきって〜はい!」
「ぬおお…!」


一球目は目をつぶったまま屈んで避けた。二球目は跳ぶことに集中し過ぎて手が出なかった。三球中、最後の一球。へっぴり腰な上にへろへろと変な方向へ飛んだが、ラケットに当たったボールはたしかにジローさん側のコートの中へと落ちたのだ。これは嬉しい。


「か、返せた…!アウトにならなかった!ちゃんとラケットに当てたよ!見てた!?」
「見てた見てた。ちゃんとラケットに当たったな」


私が興奮気味に報告すると、裕太くんは嫌な顔をせず笑って対応してくれた。次は手首をひねらず、押し出すように打ってみろとアドバイスをもらい、もう一度ネットの前に立つ。おら、わくわくすっぞ!


「ハスキーちゃーん!次行くよー!」
「はい!ばっちこいです!」
「それは野球な」


一球目はフォア側、二球目はバック側、どちらも私が届くぎりぎりの位置に飛んできた。どうにかこうにか返すも三球目はラケットが少しだけ届かない。もう少し反応が早ければ届いたのに。そんなことを考えながら目だけでボールを追いかけた。


「ほら、すぐに構えてカバーに回る」
「えっ!?お、おう!」
「Aー!そっちだけダブルス!?なら俺、頑張っちゃうCー!」


私の横をきれいに抜いたボールが再びジローさんのコートへと戻っていく。なんと、私が取れなかったボールを裕太くんが返球してくれたのだ。私は慌てて前を向き、反対側のサイドへと走った。

それからしばらくはジローさんと裕太くんの間でラリーが続いた。たまに私の方へも弱めの球を出してくれて、変な方向へ飛ばしてもジローさんが拾ってくれて、体勢を立て直す時間を作るために裕太くんがロブを上げて。そうやってぎこちないながらも途切れずに続くことが面白い。

しかし、ふと気がつくと二人のリターンの間隔が徐々に短くなっていた。裕太くんはボールの跳ね際で打つようになり、ジローさんもベースラインへ下がらず低い位置でのボレーを繰り返していたのだ。というか二人とも目の色が違う。私が若干空気となりつつある。ちょっと寂しい。


「そんな中途半端なところにいないでネットまで上がったらどうですか!」
「Eーの?そしたら裕太取れねーっしょ?」
「それ、挑発ですよ、ね!」


今までで一番鋭い打球だった。強いインパクト音と共にボールが飛んでいく。ネットまで詰めていたジローさんが、それをふわりと包み込むようなボレーで落とした。なんでその体勢からその方向へ、その柔らかさで、と問いたくなるようなボレーだった。

ワンバウンド、ツーバウンド。私も裕太くんも、届かない。


「どう?天才的?…なんちゃって〜」


かわいく照れているところで悪いが、今のでジローさんはなかなかいい性格ということが分かった。何せ挑発した上であのボレーだ。絶対的な自信があったのだろう。でもかわいいので許される。恐るべしジローさん。

その後、裕太くん対ジローさんでシングルスの試合をしたのだが、結果はジローさんのストレート勝ちに終わった。また勝てなかったと悔しがる裕太くん、勝ててうれCーとはしゃいでいる内に寝てしまったジローさん。最終的にジローさんは先日連絡先を教えてもらった跡部さん…の執事さんに引き取っていただいて事なきを得たのだが…。彼の今後がいろいろと心配だ。これに関しては裕太くんも同意見らしい。ジローさんガンバ。

借りた服は後日、洗って返しに行こうと思う。そのときにテニスのことも含めて今日のお礼を伝たい。テニス、楽しかったです。




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