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眠り寝ぼけもほどほどに



炎天下の中を歩いて歩いてたどり着いたジェラート屋さん。店先から続く長蛇の列に一瞬怯むも、裕太くんの「並んでみると意外とすぐ」という言葉を信じて最後尾に並んだ。

列に並んでいるのはやはりというかなんというか、女の人が圧倒的に多い。数少ない男の人はだいたい彼女らしき人と一緒にいるし、ジローさんは別として裕太くんは居心地が悪いだろうと思いきや。意外にも平然としている彼がそこにいた。なんでも通っているスクールがこのお店の近くで、ここへも先輩たちとたまに来るから慣れたんだとか。もしやその先輩というのは彼女では…とにまにましていたら頭を叩かれた。どうやら違うらしい。つまらん。

しかし、裕太くんが大丈夫でも今度はジローさんに問題発生。いつの間にかマジマジすっげーのハイテンションジローさんから寝太郎ジローさんにチェンジしてしまっていたのだ。この人、列が進んだのに動かないと思ったら立ったまま寝てやがった。


「ちょっとジローさん!ここで寝るとかなしですよ!他のお客さんの迷惑になるじゃないですか!」
「んが〜」
「立ったまま寝るなんて危ないですって!」
「裕太くん優しいな」
「いや別にそういうわけじゃ…」


とりあえず無理矢理引っ張って列を詰めたが次もまた動いてくれるかは分からない。首の座らない赤ちゃんのように頭が揺れているし、どこか別の場所へ移動させねばと頭を抱える。すると裕太くんは自分のラケットバッグを私に手渡し、辛うじて返事をしたジローさんに優しく声をかけた。ぽかんと間抜け面を晒す私は置いてけぼり。なんと、彼は軽いかけ声と共にジローさんをおぶったのである。


「近くに公園があるからそっちに行ってる。悪いんだけど、俺たちの分も一緒に頼めるか?」
「お、おう」
「俺はストラッチャテッラで」
「す、すと…ちゃっちゃ…?」
「ストラッチャテッラだよ。粒の大きいチョコチップが入ってるやつ」
「お、おう」
「じゃあよろしくな」


いろいろと言いたいことはあるがよろしくと頼まれてしまった以上よろしくするしかない。若干人の目を集めてしまったものの、裕太くんがはじめに言った通りそれほど並ばずにジェラートにありつけたので助かった。

私はノッチョーラというナッツのジェラート、ジローさんは無難にバニラ、裕太くんはストチャッチャ…なんかチョコチップが入ってるやつ。賢い私はメニューを指差し、これとこれとこれください、で乗り切った。何せイタリア語の名前が多くて舌が回りそうになかったのだ。私賢い。

ジェラートを買い終えるころには、ジローさんを公園に置き去りにして裕太くんが迎えに来てくれた。炎天下の中、人一人背負って歩いていたからだろうか。額に浮かんだ汗がきらきらと光っている。


「お疲れさん。ジローさん重かった?」
「そんなに重くなかったよ。あの人はラケットも一本しか持ち歩いてないしな」
「…そういえば裕太くんのバッグ、重い」
「公園まで頑張れ」
「うげえ」


ジェラートを二つ持った裕太くんはにやりと楽しそうに笑った。このラケットバッグ、裕太くんが持っているときはそう見えなかったが実際に担いでみるとそれなりにでかい。おまけにラケットも数本入っているのかそれなりに重たい。たしかにこんなものを毎日持ち歩いているのならジローさんの一人や二人、おぶってもどうってことないはずだ。

まあとりあえず私が裕太くんの重い荷物を持たされていることには変わりないので、お駄賃としてストチャッチャ味を一口いただいた。…なんというかあれだ、すごく美味しい。口の中に残る後味も嫌味がなくて、チョコチップの食感が楽しくて…なんというかあれだ、すごく美味しい。


「うわー!何これ!コンビニアイスと全然違う!おいしい!」
「だろ?なあそっちも一口くれよ」
「いいよ、はい」


二つのジェラートを器用に片手にまとめた裕太くんが、小さなスプーンをこちらに向ける。差し出したジェラートからひとすくいだけ取って口へ運ぶと、今度来たらこれ食べるかなあと顔を綻ばせた。本当に甘いものが好きだな。

さて、ジローさんが眠る公園まではお店から五分とかからなかったのだが、彼はすっかり熟睡していて起きる気配がない。ジェラート食べちゃいますよと声をかけると辛うじて「食べちゃダメ〜」と返ってきたがやはり起きない。そっちがその気ならこっちにも考えがある。


「裕太くん、ちょっとこれ持ってて」
「ん?」
「今日暑いから保冷剤タオルにくるんで持ってきてたんだけどね。これ使えば起きるでしょ」
「使うって…うっわ」


タオルを外した保冷剤。それをジローさんの服の中に入れた。念のために言っておくとズボンではなくティーシャツの方だ。私の思惑通り、ちべてー!と叫んで飛び起きたジローさんは目を白黒させてお腹を一生懸命さすっている。かと思えばジェラートに気づいてはしゃぎ出すしでなんだか忙しない。転げ落ちた保冷剤に土がついてばっちいことになっているが、ジローさんの反応が面白かったのでよしとする。


「あー!俺の分は俺の分は!?」
「ジローさん寝ちゃってたんで私が選びました。バニラですよ」
「うまそー!ねね、二人のも一口ずつ欲しいな〜なんて」
「いいですよ。その代わりジローさんも一口くださいね」
「やったー!」


そうだった。この人も大概甘いもの好きだった。きゃっきゃとはしゃぐジローさんから私たちもバニラを一口もらい、三人で三つの味を食べ比べた。結論、どれもおいしい。どうやら季節ごとに違う味が出るらしいので、ぜひともまた来たい。寒さに耐性のある私は冬のアイスもどんと来いだ。

しかし、この冷たくて甘い時間も束の間。あとには思わずげんなりしてしまうようなイベントが控えているのである。


「じゃあそろそろコートに行きますか?」
「行く行くー!ほら、ハスキーちゃんも立って!」
「えー…」
「靴は貸し出しがあるからいいとして、ズボンくらいは履き替えないと微妙だなあ」
「じゃあ私見学で!」
「俺のハーフパンツ貸してあげるC〜」
「え、あのパンツみたいな柄の…?」
「ぶっ」
「あー!裕太まで笑うなんてひっでー!」


パンツじゃないと言い張るジローさんには悪いが、裕太くんも吹き出したところからしてみんなパンツみたいだと思っているようですよ。を辛うじて飲み込んだ。だってこの人、照れ笑いしながら「たまに慌ててハーフパンツまで脱いじゃうんだけどね〜」とか言ってる。その癖は捕まる前に直した方がいい。絶対に。




眠り寝ぼけもほどほどに

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