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ものは試し



勝つチームがあるのなら、当然反対側には負けてしまうチームがあるということで。友井の所属する我が校のサッカー部は残念ながら関東大会行きの切符を逃してしまった。三年生はそこで引退。引き分け、延長、PK戦の末の負けだったそうだ。学校で会った友井はたしかに気落ちしているように見えたが、来年こそはと部員たちを鼓舞していた。

そしてジローさん、裕太くんとの約束なのだが、連絡を取っても途中で寝てしまって話がまとまらないという理由で、行き先から待ち合わせ場所まで全て裕太くんが決めてくれた。これではジローさんの先輩としての面目が丸潰れである。と思わせて「俺そこ行ったことねーからすっげー楽しみ!」とか言っちゃうジローさんなので気にするほどのことでもなかった。

関東大会が始まるのが来週の日曜日から。今週の土曜日なら午前中で練習が終わるからとその日に会うことになり、やってきました土曜日です。出来うる限りの薄着にストローハット、タオルに包んだ保冷剤、水筒エトセトラ。我ながら暑さ対策は万全だ。

裕太くんは待ち合わせの時間より早くに来ていて、意外なことにジローさんも十分程度の遅刻で済んだため炎天下の中待ちぼうけという事態にはならなかった。私も裕太くんも一時間は待たされる覚悟でいたから本当に良かった。しかし遅刻には変わりないのに、


「うお、二人とも早いC〜。絶対俺が一番だと思ったのに〜」


なんて言ってのける辺りがジローさんらしいっちゃらしい。

まあそれは置いておいて。まずはケーキの前にお昼ご飯を食べようということになり、駅前のファミレスへとやって来た。店内は生憎の満席で入り口には記入票が置かれている。

しかしこれ、あえてつっこまずにいたが裕太くんはラケットバッグ、ジローさんはラケットの刺さったバッグを背負っている。もしかしなくとも後で打ちに行くつもりか。赤也もそうだがなんというか…みんな大概テニス馬鹿だ。かく言う私も大概愛犬馬鹿なのでみんなのことをどうこう言えなかったりする。


「で、名前なんにする?」
「年長だしアクタガワさんでいいっすか?」
「Aー!待って!今なんか考えるから…あ!フリーザさ…いやアトベで!」


うん。辛うじて人の名前になって良かったです。

かくして三名でお待ちのアトベ様は無事、料理にありつくことができた。ジローさんに言われるがまま右手をあげて指ぱっちんをしたら二人が腹を抱えて笑い出したのには困った…いや、むしろイラッときたが。

恐らく私には分からない二人共通のネタだったのだろう。「あとべーがファミレスとか似合わねー!」とかなんとか笑っている。…ん?あとべー?


「アトベって…泣きボクロの人ですか?」
「そうそう!俺らの部長〜」
「何かと目立つから他校でも有名なんだよ、あの人は」


なんと、泣きボクロの跡部さんはジローさんのところの部長さんだったのか。同じ学校というのは知っていたがあの人が部長とは…なんとなく想像できるぞ。だって一人称俺様だし。

裕太くんは何かを思い出したのか、そういえばと言いながらドリアをすくっていたスプーンを皿の上に置いた。


「試合の後、芥川さんに“ハスキーちゃんって知ってる!?”って声かけられて、誰のことだか分からなくて困りましたよ」
「裕太はハスキーちゃんがハスキー飼ってるって知らなかったんだよね〜」
「ああ、前はかず兄と一緒だったから甘いものの話しかしなかったもんね」
「そう、その話聞いてようやく飛川のことだって分かってさ。正直、芥川さんに負けたのに“一緒に甘いもの食べに行こう”って誘われたときはどうしようかと思いましたけど」
「へへへ、裕太との試合楽しくてそこまで考えてなかったC〜…」


恥ずかしそうに後ろ頭を掻くジローさんの顔はほんのりと赤く、しかし裕太くんが「今日リベンジするからいいんですけど」と繋げるとすごく嬉しそうな顔をした。なんだこの二人、仲良しか。

テニスはやったことがないが、赤也といい雅樹といい知り合いがやたらテニスをやっていることが多いので、そんなに面白いのかと気になってしまう。試しに二人にテニスはそんなに面白いのかと聞いてみると、口をそろえて「そうでなきゃやってない」と返してきた。なんだこの二人、やっぱり仲良しか。

私だってテニスはできないがディスクドッグは得意だ。もっとも、あれはハンとジンが素敵に天才で素敵だからできているだけで私自身の実力はと言われると言葉に詰まるのだが、まあそれはそれ、これはこれ。妙な対抗心を燃やした私はこういう技ができるんだぞと鼻息荒く自慢してみた。嬉しいことに二人とも反応してくれた。ちょっと恥ずかしい。


「ハスキーちゃんすげー!今度ぜってー見に行くから!」
「なんだよ飛川もフリスビーやるのかよ!俺もフリスビーなら得意だぜ!」
「え、それ初耳」
「二人ともずるいCー!俺だけフリスビー得意じゃない!」


フォークを握りしめて頬をふくらませるジローさんに、それ言ったら私だけテニスできないですからと言ってどうにかなだめる。するとどうだ、不満げな顔をしていたのが一転、さも名案が浮かんだとでも言いたげな顔に変わった。

私の第六感が言っている。この無邪気な笑顔に騙されるなと。


「じゃあ今日俺がテニス教える!そしたらハスキーちゃんも俺にフリスビー教える!天才的ー!」
「ああ、それは名あ…はい!?」
「まあ試合前のアップくらいにはなる…のか?」
「裕太くんはもうちょっとオブラートに包もうか」
「うおー、燃えてきたCー!」


たしかにテニスも面白そうだとは思ったが二人の試合の邪魔をしてしまうとなると話は別だ。裕太くんはジローさんにリベンジを果たそうと意気込んでいるようだし、何よりケーキを食べた後にそんなハードな運動をしたら吐く。私は。

だからまた次の機会にしましょうと日本人お得意の先伸ばし作戦に出ることにした。ディスクドッグを教えるのは一向に構わないがテニスを教わるのなら少々心の準備がいる。何よりくそ暑いのに…いや、急に慣れない運動をしては熱中症になって二人に迷惑をかけてしまうかもしれないのだし。うんうん。

ジローさんもそれならと渋々ながら頷きかけたのだが、横で最後の一口を食べ終えた裕太くんはこう言った。


「言い忘れてたんですけど、今日行くお店はジェラート屋ですよ。暑いんで」


ガッデム。策士はここにいた。

かくして私たちは小腹の空く時間までファミレスに居座り続け、ジェラート屋へ向けて炎天下の中を歩き出すのであった。もう一度言う。ガッデム。




ものは試し

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