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かわいいとかわいくない



最近、仁王先輩はとても眠そうな顔で家に来ることが多い。恐らく部活の練習が相当厳しくなってきているのだろう。今日などついに公園で力尽きてベンチで寝始めてしまったほどだ。

ハンとチェストの練習をして泥だらけになったティーシャツをはたき、滴る汗を肩口で乱暴に拭う。視界の隅に映った仁王先輩の寝顔は大変腹立たしいことにとてもきれいだった。こうして黙って動かなければきれいな顔だが、喋って動くと残念な仕上がりになる。なのにどうしてモテるのかが分からない。心底分からない。理解に苦しむ。

いつだったか、紙袋いっぱいに詰められた大量のプレゼントを気だるげにぶら下げていたことがあった。たしかバレンタインと…十二月頃にも一度見た気がする。クリスマスプレゼント、だったのだろうか。いやはやサンタも真っ青な量だったことくらいしか思い出せない。


「…ん」
「あ、起きた」
「俺…寝とったんか」
「はい。ふらふら歩いてるなと思ったらそのままベンチで」
「ハンとジンは?」
「ここにいますよ」


寝顔を見ながら首をひねっていたら、仁王先輩が小さな呻き声を上げて体を起こした。どうやら寝始めたときの記憶がないらしい。緩んだ髪紐をするりとほどき、広がった髪を掻きつつハンとジンの姿を探す目は未だに眠たげだ。

先日、我が家へ来て昼寝をしていた仁王先輩。そこで寝起きは意外と素直になることを知った。普段との差を考えると少々気味が悪くないでもないが、(例えそれが白髪野郎であろうと)素直な人間に意地悪するほど私も落ちぶれてはいない。

試しに愛犬たちを連れて仁王先輩のそばまで行ってみると、彼はふにゃりと嬉しそうに笑った。ハンとジンを抱き締めて、かわいいと言いながら顔を綻ばせる。どういうわけだかそれを見た私の頭に浮かんだのは「仁王先輩もかわいい」という気が触れたとしか思えない言葉だったのである。そうか、私もとうとう気が狂ったか。


「おまんはどんだけ走っとったんじゃ。顔が真っ赤になっとる」
「死にたい…」
「はあ?」
「もう、いいんで、帰りましょうほんと…勘弁してくれ…」
「意味分からん」


声からして怪訝そうな顔をしているであろうことは分かるが如何せん、その顔を直視できない。顔は熱いし意味は分からないし散々だ。禿げちまえこの白髪野郎。

私が一人でもんもんとしていようが仁王先輩は当然お構いなし。寝起きでかすれ気味だった声も、ハンとジンを独り占めできたことによって徐々にトーンが上がってきている。どうにか顔の熱が引いた頃に後ろを振り返ってみれば、ほんの少しだけ目元を緩めた仁王先輩と目が合った。


「どっちかリードください」
「嫌だと言ったら?」
「ゴールデンボールクラッシュ」
「…プリッ」


お決まりの鳴き声と共に差し出されたリードを受け取る。相変わらずおまんはどうのこうのと聞こえるが黙って拳を構えておいた。

それから家に着くまで会話らしい会話もなかったのだが、別れ際、なんとなくジローさんと裕太くんの話を出すと少しだけ驚いたような顔をしていた。ついでに泣きボクロさんの話もしてみると今度は喉を鳴らすようにして笑い始めたではないか。何がおかしいのか私にはさっぱりだ。


「裕太っちゅーんは知らんが、まさかおまんが跡部とも知り合いとはのう」
「あ、泣きボクロさんの名前、跡部さんっていうんですか」
「知らんかったんか」
「知らんかったんです」
「教えたんは失敗じゃったな」


泣きボクロのままの方が面白い、と仁王先輩は言うがそれでいったら私のハスキーちゃんというあだ名やジローさんをマジマジさんと呼んでいたことなどを教えたらさらに馬鹿にされそうだ。仁王先輩のことを白髪野郎と呼んでいるのはまあ今さらなのでいいとして。とりあえず泣きボクロさんは跡部さん。よし、覚えた。

せっかく私が跡部さんの名前を教えてもらったお礼を言おうとしたのに、仁王先輩はどうせまたすぐ忘れると笑って後ろ手に手を振っていた。ふむ、今の私は正常らしい。やっぱり仁王先輩はどう頑張ってもかわいくない。




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