top : main : IceBlue : 89/140


交換条件、取引成立



私の中のマジマ…ジローさんはやっぱりハイテンションなイメージが強い。


『マジマジすげーんだって!都大会で正レギュラーが呼ばれるのってめずらCーんだけどさ!俺呼ばれて良かったー!』
「あの、話が見えないんですが…」
『裕太!今日の俺の対戦相手裕太だった!』
「え、マジですかそれ」
『マジマジ!すごくね!?』


裕太くんはかず兄と一緒にケーキバイキングへ行った仲だ。いや、私は完全なるおまけで裕太くんからすれば想定外もいいところだったのだろうが、最終的にはそれなりに打ち解けられたので良しとして。

ジローさんには丸井先輩を含めた三人でケーキを食べに行ったとき、甘いもの好き繋がりで裕太くんのことを話した。ジローさんも最初はそのことを忘れていたようなのだが、裕太くんの先輩たちが甘いものおごってやるからと励ましているのを聞いて思い出したらしい。


『でね、今度一緒にケーキ食べに行く約束したんだ〜』


良かったらハスキーちゃんも一緒に行こうよ、と楽しそうに話すジローさん。前回は丸井先輩おすすめの神奈川のケーキを食べに行ったから、今度は東京のおいしいケーキを教えてくれるらしい。非常に魅力的なお誘いだ。裕太くんにもすでに私を誘う旨を伝えてあるとのことだったので、二つ返事で了承した。

日程や待ち合わせ場所は決まり次第連絡してもらう約束をとりつけ、ごにょごにょと眠たそうなまたねを聞いて電話を切った。それにしてもジローさんはスイッチが入っているときと入っていないときとで落差が激しいな。

通学用の鞄からスケジュール帳を引っ張り出し、空いている日を確認。七月の第二土曜日には立海テニス部のみなさんプラス沙耶と幸村先輩のお見舞いに行く予定なので、そこだけは他の予定を入れることができない。他の土日は煮るなり焼くなりお好きにどうぞ状態だから、あとは向こうの大会スケジュール次第だろう。

手帳を放り投げてソファに寝転がり、さて昼寝でもするかと瞼を下ろすとほぼ同時。二階から私の名前を呼ぶ母の声がした。何やら早く来いだの電話がどうのイケメンがこうのと騒いでいる。意味が分からないがとりあえず嫌な予感しかしない。


「なに?あんまり騒ぐと近所迷惑に…」
「あんたがこの前やってたテレビ電話みたいなのがかかってきたのよ。間違って出ちゃったじゃない」
「は?出たって、誰がかけてきて…」


母の自室に入り、見せられたパソコンの画面を見て私は絶句した。いつぞやの泣きボクロさんだ。アフガン・ハウンドの泣きボクロさんだ。


「なんで!?」
「じゃあ娘が来たから替わるわね」
『はい。ありがとうございました』
「おい!ちょっと!理由!」
「知るか。本人に聞きなさい」


無情にも閉じられたドアを見て、パソコンに移る泣きボクロさんを見て、いまいち理解できない現状にため息をひとつ。人の顔を見てため息をつくなという苦情が聞こえないでもないが無視だ。ここは無視に限る。


「で、ご用はなんですか」
『特にねえ』
「…切っていいですか」
『俺様が直々にかけてやったんだぞ。光栄に思え』
「すっごい俺様ですね!」
『冗談だ』
「冗談に聞こえません」


ふっとかっこ良く鼻で笑うのはいいがものすごくやりづらい。そもそも偶然話したことがある程度の関係なので話題に困る。まあ前回もハンとジンに興味を持っていた気がするしいいかと愛犬たちの名前を出してみると、意外にも泣きボクロさんは「そう、それだ」と言って食いついてきた。どれがそれなんだ。


『お前、うちのジローと知り合いか?』
「ふわふわの金髪で丸井先輩…立海の赤毛が大好きな?」
『てめえら、やっぱり知り合いだったのか』


やっぱりの理由を聞くに、ジローさんは部活でも「ハスキーちゃんのハスキーってね」と私のことを話していたらしい。私はジローさんと泣きボクロさんは同じ学校だったのかと驚いた。ら、呆れたような顔をされたのだがまったくもって心外である。もともと接点が少ないのだから仕方ないだろう。

…まあ、それで泣きボクロさんは以前赤也から聞いた私の名前を出してみたものの、そういえば名前忘れちゃったと返されたので私の方に聞くことにしたんだとか。ジローさん地味にひどい。

泣きボクロさんはさらりと前髪をかきあげて小さくため息をついた。仕草がいちいち絵になるので画面を直視できず、パソコンから少し距離を取ってペン立てをぼんやりと眺める。妙に遠くねえかと聞かれたがこれ以上近づくと網膜を焼かれかねないので大目に見ていただきたい。

それからお互いにさりげない愛犬自慢を繰り広げたのち、そこまで言うなら見せてみろということでハンとジンを連れて家にお邪魔する約束をしてしまった。しかも神奈川まで迎えに来てくれるらしい。まあ夏の間は身動きが取れないので無理だが、涼しくなったらお願いしてみようと思う。

そして最後に泣きボクロさんは困ったような顔で笑い、


『ジローの奴がもし何かやったら俺様に連絡しろ』


と言って通話を切った。結局はジローさんの心配をしていただけのようだ。いい人じゃないか、泣きボクロさん。…そういえば泣きボクロさんの名前ってなんだっけ。




交換条件、取引成立

←backnext→


top : main : IceBlue : 89/140