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上げて叩き落す



梅雨が明けた。それはもう見事に。もう少し段階を踏む優しさを見せてくれてもいいのではないかと思うが、容赦なく照りつける太陽は項垂れる私を嘲笑うばかりで控えめに隠れるようなことはしない。なんてでしゃばりな野郎だ。


「梅雨が明けた!こっからバンバン写真撮るわよー!」
「明日香は元気だな。佳澄は死んでるけど」
「意味分かんない…なんで明日香ちゃん汗かいてないの…」


左の拳を突き上げた明日香ちゃんは右手で私の左腕を掴んでおり、沙耶は和紙の貼られた渋い団扇を扇ぎながら後ろをついて来ている。普通のキャラクターものではないところが沙耶らしい。

昼休み、各クラスのある本校舎から渡り廊下を通り、美術室や家庭科室などのある特別棟へと足を進める明日香ちゃん。なんでも先日話していた“貸し”の内容を説明したいらしい。面白そうだからとついてきた沙耶はたまに団扇を私へ向けてくれて、男だったら確実に惚れてたなあと感慨深い気持ちになった。


「で、これどこに向かってんの?」
「写真室よ。あるのはパソコンとプリンターに先輩たちのパネルとかなんだけどね」
「クーラーは…」
「あるんだなあ、これが!」
「ママママジでか…!」


写真室と言うよりコンピューター室に近いからね、と言いながら明日香ちゃんが入り口の鍵を開ける。当然締め切った部屋の中は熱気がこもっていて涼しさの欠片もないのだが、クーラー様がそこに存在していると思うだけで気分は軽くなるというものである。まさにクーラー様々だ。

私は早速クーラーの真下に陣取り、奥でごそごそと何かを引っ張り出している明日香ちゃんを待った。


「…涼しくない」
「そりゃまだつけたばっかだし。というか佳澄はもう少し耐性つけろ。今からそんなんじゃこの先耐えらんないだろ」
「私もそうは思うんですがなんとも…」
「はいはい!お二人さんちゅうもーく!」


手を叩く音に釣られてそちらを見ると、大判のパネルを脇に立てた明日香ちゃんが仁王立ちしていた。パネルの大きさはA2サイズで、去年先輩が文化祭で展示した作品らしい。さらにその写真のポストカード数枚が私と沙耶に渡された。


「写真部は文化祭で毎年、一人二点ずつ大判出力した作品をポストカードにして売るの。あと体育祭の写真の受付なんかもやるから意外とお客は来るんだよね」
「へえ、そんなんやってたんだ」
「私も知らなかった」
「まあ体育祭の写真は三年生がメインだし、一年生はあんまり来る場所でもないから」


大判出力とポストカードは二作品までと制限されているが、普通のサイズの写真は二十枚まで展示してもいいらしい。テーマは自由。普通の写真の現像は各個人で済ませるので、最悪前日になっても構わない。ただし、大判作品はパネル加工があるので提出期限は十月の第二月曜日まで。などなど。

ここまで聞いた私は「ああ、その写真を撮るのを手伝えばいいのか」と一人納得したように頷いていた。沙耶も私と明日香ちゃんを見比べてそういうことかと頷いており、私は変なお願いじゃなくて良かったと胸をなで下ろした。しかし、私の考えはやはりというかなんというか…甘かった。


「私が撮りたいのは人物写真、ポートレートね。風景だとかはどうせ他の人が撮るだろうし、テーマが被るのは絶対に嫌なの」
「ああ、それ分かるわ。同じテーマで実力勝負ってのもいいけどやっぱ全然違う方が面白いしな」
「さすがさーや!よく分かってる!」


団扇で明日香ちゃんを指しながら笑う沙耶に、明日香ちゃんはぐっと親指を立てた。風景の写真なら腐るほど撮っているし、中学生が撮りに行ける場所は限られているため必然的に内容が被る可能性も出てくるのだという。

せっかく大勢の人に見てもらえる機会で、大判出力に必要な費用も学校持ちだというのにありきたりな写真ではもったいない。そこで、他者に協力を仰がねばならず、若干内向的な人の多い我が校の写真部連中が撮らないであろう“人”を被写体に選んだのだそうだ。


「でもモデルって決まってるの?どうせ撮るならやっぱり可愛い女の子がいいよねー」
「決まってるから安心して。モデルは佳澄だから」
「そっか、決まってるならあんし…んんん!?タイム!明日香ちゃんタイム…!!」
「写真部にタイムはない!」
「そんな殺生な!」


なんということでしょう。明日香ちゃんが全く話を聞いてくれない。

自慢ではないが平均未満な身長、平均未満な顔面偏差値、平均未満な以下略の私にモデルなどという大層なものが務まるとは思えない。自分で言ってて悲しくなってきた。そもそも今私の隣には平均以上の身長、顔面偏差値以下略の沙耶がいるのになぜ私なのか。沙耶でいいじゃん沙耶で!むしろなぜ沙耶にしない!と反論するも、


「だって沙耶はバスケ部で忙しいでしょ」


の一言であっさり論破されてしまった。実に無念である。

せっかく制服がセーラーなんだから活用しないとね、とノリノリな明日香ちゃんには悪いが私のテンションは外の天気に反比例するかのごとく下がっていく。そう、まるでクーラーの効き始めたこの部屋のようにな…。




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