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待ち人は少し遠い



『県大会優勝したぜ!しかも最短試合時間大会新記録!』
「へー、おめでとう」
『反応薄っ!』


もっと驚けよとぎゃあぎゃあ喚く携帯電話から耳を離す。

本日は土曜日、相変わらずはっきりしない天気に夏の暑さが忍び寄り、じめじめむしむしと不快指数だけがうなぎ登りな日和である。そんなところへ喧しい電話が掛かってきてみろ、どう頑張っても素っ気ない返事しか返せる気がしない。もちろんこれが深雪や沙耶なら話は別だが。


『…でさー…っておい、聞いてんのかよ!』
「え?」
『やっぱ聞いてねえし。だから!体力使わねーってのが俺らの県大会のテーマだったの!』
「何それうぜえ…」
『だって仕方ねーじゃん、俺らと葉ノ宮じゃレベルが違い過ぎるしよ』
「じゃあ同じくらいのレベルってどこの学校?」
『…いなくね?』
「やっぱうぜえ」


突き抜けるほど自信過剰な赤也は、立海は1ゲームも落とすことなく県大会優勝を決めたのだと言った。以前立海のテニスコート付近で全国二連覇の話を聞いていたが、まさかそこまで圧倒的な強さを持っているとは知らなかった。そしてその中にあの赤也が含まれているのだから驚きだ。誰しもひとつは取り柄があるということだろうか。

そして立海テニス部はこのあと優勝報告をしに金川総合病院へ向かうらしい。ついでに仁王先輩はハンとジンの散歩に来ないという伝言も聞いた。このくらいの時期になると日中にハンとジンの散歩に出ることはほぼ不可能なので、仁王先輩が来ようが来るまいが私の予定が変更されることはない。だから正直、どうでもいい。


「って言っといて」
『…マジでそれでいいのかよ』
「いいのいいの。あと深雪にもおめでとうって言っといてね」
『分かった。…っと、先輩ら戻ってきたから切るわ。じゃあまたな』
「おう、またね」


閉じた携帯電話をソファへ放り投げて頭を抱えた。どの口が「正直、どうでもいい」などとのたまうのだ。寂しいだのとのたまった口と同じ口ではないかと自分自身に突っ込みつつ頭を掻きむしり、エアコンの下で涼むハンとジンのもふもふに顔を埋めた。長いこと冷風に当たっていたのか毛が冷気を含んでいて気持ちいい。いやしかし抜け毛が…。

近くに転がっていたブラシを手に取り、母も父もいないのをいいことにひとり言をこぼす。どうして仁王先輩には突っかかっちゃうんだろうね。あ、ハンとジンをたぶらかすからか。でも寂しいって意味分かんないよね。しばらく一人で散歩することがなかったからかな。今度お父さんでも誘ってみよう、そうしよう、などなど。

ブラシに溜まった毛をゴミ箱に捨てる頃には思考も(少々ずれた方向に)落ち着き、ふわふわと欠伸をこぼす愛犬たちに釣られて私も大きな欠伸をした。母は父を連れて買い物に出かけていてしばらく帰ってこないし、宿題のプリントは終わらせたし、夜の散歩まではまだまだ時間があるし、何よりすることが全くないしと瞼を下ろす…とほぼ同時に玄関のベルが鳴ったりやがったので仕方なく体を起こした。


「へいへい誰ですか…って、あんたたち何しに来たの」
「佳澄ねえちゃん最近公園来ねーから俺たちから来てやったの!」
「俺は祥平が行くって聞かないから来た」


なんと、玄関前にいたのは祥平と雅樹だった。寝ていたはずのハンとジンもいつもの遊び相手の匂いを嗅ぎつけたらしく、しっぽを振りながら玄関へとやって来た。とりあえず二人をリビングに通して麦茶を出す。相当喉が乾いていたのか、祥平はグラス二杯分の麦茶を飲み干すなり生き返ったと叫びながら絨毯の上へ転がった。


「佳澄姉ちゃんさ、もうしばらくは公園に来ないの?」
「日中はね。夏が終わるまでは無理かな」
「ねーねー、ゲームとかないの?俺ゲームしたい!」
「おい祥平お前くつろぎ過ぎ。あとゲームは私の部屋にあるけど持ってくるのがめんどいからダメ」
「ちぇー」


クソガキ祥平はハンを抱きしめながらお前んちのねーちゃんケチぃなと文句を言っている。可愛くないので文句があるなら麦茶を返せと軽く蹴っておいたが上から返されても困るのでほどほどにしておいた。

一方、雅樹はグラスを両手で押さえて上目に私のことをちらりと見上げている。何か言いたげな表情にどうしたのかと聞くと、雅樹は一度祥平の方を見てから私に向かって控えめに手招きをした。どうやら祥平には聞かれたくないことらしい。


「何?」
「…あのさ、しばらく公園に来ないならまた佳澄姉ちゃんち来ちゃダメ?」
「なんだそんなことか。別にいつ来てもいいよ」
「ホントに?」
「うん。どうせ兄ちゃんが部活忙しくなっちゃって寂しいんでしょ?」
「なっ…!そんなんじゃない!!」
「え、なになになんの話?」
「祥平には関係ない!」


そんなに赤い顔で否定されても説得力がない。祥平はとばっちりを受けて雅樹にも蹴られていたが、そのうちハンを抱えたまま離れたところへ避難してすっかり寝る体勢に入ってしまった。ついでに言うと私も眠い。

ソファにかけていた大きめのブランケットを手に取り、ジンを呼んで祥平の横に寝かせる。その隣に雅樹も横になるように言い、上からブランケットをかけて私も寝る体勢に入った。だって俺、来年から中学生だから兄ちゃんとテニスする時間なくなっちゃうしと拗ねたような声を出していた雅樹も、私の意識がすでに遠のきつつあることに気づくと諦めたように瞼を下ろした。

そして、帰宅した母と父が川の字になって眠る私たちに驚くのはこれから一時間ほど後の話である。




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