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気の置けない先輩



「前から思ってたんだけどよ、飛川ってホント物怖じしねえっつーかなんつーか…俺らのこと先輩って思ってる?」
「正直あんまり。そもそも学校違いますし」
「え!?ハスキーちゃんって立海じゃねーの!?」
「はい、普通の公立ですよ。…というか私の格好場違い過ぎて恥ずかしいんですが」
「今さらじゃね?」


現在地、丸井先輩おすすめのお洒落な喫茶店。私の格好、お散歩用のスポーツウェア。とても場違いだ。二人はブレザーの制服でお洒落な学生オーラを放っているからいいかもしれないが、いくら服装に頓着しない私でもこれはさすがに恥ずかしい。ティーカップを傾ける合間に向けられる視線も地味に痛い。しかし二人には気にするなの一言でばっさり切られてしまったので、私はまあ二人も一緒だからいいかと気にしないことにした。

喫茶店に来るまでの間、丸井先輩とマジマジさんには今までに行ったどこのお店の何が美味しかった、また行こうなという話を聞かされていた。そんな兄貴分の丸井先輩と弟分のマジマジさんにかず兄と裕太くんの姿を重ねてしまったのは無理からぬことだろう。

だから話題のひとつとしてこの間のケーキバイキングのことを話してみたのだが、予想以上に二人が食いついてきたので逆に困ってしまった。どうやら次に目をつけていたのが私たちが行ったお店だったらしい。しかし、残念ながら味はどうだったかと聞かれても美味しかった以上のことは私には言えない。だからそこ、あからさまに使えねーとでも言いたげな顔をしないでいただきたい。


「んだよー。あそこ高いからしっかり品定めしてから行きてえのに」
「俺もタダ券ほC〜…」
「もうないです。ほら、ケーキ来ましたよ。机に突っ伏さないでください」
「マジ!?うはー!すっげーうまそー!」
「ジロくん声抑えろって!」


お店のお姉さんも苦笑するしかない。マジマジさんは自分の口に両手を当てて縮こまるという思春期の男児にあるまじき行動を取ったのち、目の前に置かれた紅茶のシフォンケーキにきらきらと目を輝かせた。丸井先輩とくだけた口調で話しているから年上…?のはずなのだがどう見ても中身は年下である。普通に可愛い。

一方丸井先輩はというと、私たちを待つことなく先に一人でシフォンケーキに手をつけ始めていた。もうこの人の食に関しては何も言うまい。


「ここのケーキは紅茶系が多いんだけどよ、特にシフォンケーキはヤバい。マジうめえ」
「紅茶の香りが強いんだね〜。これなら跡部も好きそう」
「だろい?紅茶のクッキーは包装して売ってるやつもあるから帰りに買うといいぜ」


そんで俺にも寄越せ、と真顔で言ってのけた丸井先輩の前からあっという間に最後の一口が消えた。もっと味わって食べればいいものを、この人はまるで手品のように平らげてしまうからもったいないと思う。

そして役目を果たしたはずのフォークがこちらへ向いたので私はとっさにケーキを遠ざけた。案の定、丸井先輩は不服そうな顔で唇を尖らせている。だからどうしてあなたたちはそう思春期男児らしからぬ行動をするのかと問い詰めてやりたい。


「飛川のケチ」
「ケチで結構。…マジマジさん、ほっぺたにクリームついてます」
「マジ!?どっち!?」
「あー…手で触らないで、ほら、ナプキンで拭きますからこっち向いてください」
「A〜、丸井くんに拭いて…もがっ」
「丸井先輩にはまた今度拭いてもらってください」
「…なんつーか、飛川のそういうとこ好きだわ、俺。あとマジマジさんはやっぱねえよ」


クリームを拭き取ったナプキンをくしゃりと丸めてテーブルに転がす。丸井先輩が言った好きが何を指しているのかは分からなかったが、少なくとも私の何かを気に入ってもらえたようなので良しとする。もちろん、そこに恋愛的な意味が微塵もないことはよく分かっている。あとマジマジさんがねえなんてこともない。

しかし、ここでマジマジさんの丸井先輩狂が発動。丸井くんが言うならなしというまったくもって理解不能な理屈を振りかざし、あっさりとマジマジさん呼びを却下してしまったのである。よってこれからはきちんとした名前で呼ばなければならなくなってしまったのだが、芥川さんだと長いのでジローさんと呼ばせていただくことにした。マジマ…ジローさんは相変わらず私のことをハスキーちゃんと呼んでいるが。


「ハスキーちゃんハスキーちゃん」
「なんですかマ…ジローさん」
「へへ、呼んでみただけ〜」
「…女の子以外でそれが許されるのはちっちゃい子とジローさんくらいだと思いますよ」
「そうなの?」
「ああ…まあ、気持ちは分かるな。俺の場合は女でも許せねえかもしんねえけど」
「そらまた気の短い」
「うっせ。ジロくんのは素だし相手にもよるけど、あからさますぎるのは正直ちょっとな…」
「苦労してるんですか?」
「…そんなとこ」


モテる男はツライぜってか。言ったら殴られそうだから言わないが、本当にげっそりしていたので新しいハンとジンの写メを送信しておいた。お風呂に入れて首から下だけほっそりしている写真だ。これがまた可愛いったらありゃしない。

丸井先輩は送られてきた画像を確認すると、ふっと表情をほころばせた。また待受にしといてやるよと言いつつ笑い、それを聞いたジローさんが丸井くんとおそろいにすると言い張るのでアドレスを交換して同じ画像を再度送信。本当にこの人は丸井先輩が大好きなんだなあと呆れてしまわないこともない。


「そういや仁王のことだけどよ」
「な、何か対処法を伝授してくれるんですか!?」
「いや、あったら俺が教えて欲しいし」
「…チッ」
「舌打ちすんな…ってそうじゃなくて。あいつが女といるの嫌がんねえのってすげえ珍しいんだけどさ、なんか飛川なら分かるかもしんねえって思ったんだよ」


少し温くなった紅茶に口をつける丸井先輩は、茶化す雰囲気もなしに赤い水面を眺めていた。

悪いが私にはさっぱり分からない。そもそもあれは私と一緒にいるというよりハンとジンと一緒にいると言った方が正しいので、嫌がらないというと語弊がある。むしろ私がいなければと思っているに違いない。それをそのまま伝えると丸井先輩は笑ってティーカップに砂糖を落とした。


「少なくとも俺はお前といるの楽だし、赤也と古怒田とか見てても飛川がいい奴ってことくらいは分かるぜ」


追い打ちをかけるようにジローさんにまで「俺もハスキーちゃんに会えてうれC〜」なんて言われてしまって、逃げ場を失った私は赤くなった顔を見られまいと丸めたナプキンを投げつけるのであった。

今日学習したのはこの二人は恥ずかしげもなく恥ずかしいことを言うから怖いということだけだ。




気の置けない先輩

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