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分からないが似合う人



「沙耶ってさ、なんだかんだ幸村先輩と仲いいよね」
「はあ!?どこが!!」


なんだか似たようなやり取りを以前にしたことがあるような気がしないでもないが、身を乗り出してまで否定してきた沙耶をどうどうと宥めた。

昼休み、私は沙耶と現像したハンとジンの写真を整理しながら幸村先輩の話をしていた。内容は病状がどうのという話ではなく、沙耶と私から見た幸村先輩の性格はどうだという話だ。私から見た幸村先輩は意外と冗談好きで…といった感じだが沙耶に言わせるとそこに“負けず嫌い”が加わるらしい。ふとあの人が負けることなどあるのだろうかと疑問に思ったが、まあそれは置いておくとして。


「どこらへんが負けず嫌いなの?」
「んー…。この前は赤也の話をしてたときとか突っかかってきたな」
「赤也ぁ?それがなんで」
「ふふふ、これが幸村先輩も意外と可愛いんだ」


一瞬、どきりとした。“可愛い”と言った沙耶の顔があまりにも柔らかく笑っていたものだから。思わず見とれたまま「今の沙耶の顔かっこいい」と呟いたら、一拍遅れて意味が分からないと大笑いされてしまった。私は至って真面目だったというのに。

話を戻して…。赤也は入学してすぐ、幸村先輩たちに果たし状を叩きつけていたらしい。馬鹿だろあいつ。さらにお馬鹿なことに果たし状の内容は誤字だらけでなかなかひどい有り様だったんだとか。やっぱり馬鹿だろあいつ。それを聞いた沙耶は「あいつは昔っから勉強嫌いで立海の受験前も塾通いで泣いてましたね」と言ったらしい。


「幸村先輩はそこで拗ねた」
「…は?え、拗ねた?どこにそんな要素あった?というか…拗ねた?」
「拗ねた。“俺だって赤也のことはよく分かっているつもりだよ”って拗ねた。あれは間違いなく拗ねてた」
「すんません沙耶さん。それはただのヤキモチであって負けず嫌いと関係ないのでは?」
「他にもあるんだって!何かと張り合ってくるんだよあの人は!」


例えば字のきれいさ。例えば髪質。例えば持久走の成績、テストの成績、女の子にモテる、エトセトラ。最後のは沙耶は張り合ってはいけない項目のような気がしないでもないが、実際先輩後輩にまでかっこいいと言われているくらいかっこいいので、まあ沙耶ならたしかに張り合えるかと無理矢理納得した。

それにしても、赤也のことで拗ねるとは幸村先輩にも意外な一面があったものだ。以前幸弘が「赤也の(主に頭の具合を)心配してくれるいい先輩」と言っていたし、きっと赤也自身も幸村先輩に懐いているのだろう。あいつは根っからの弟気質でもあることだし。

アルバムに入れ終わったハンとジンの写真をひと通り確認し、その可愛さ美しさ気高さなどなどを堪能して鞄の中へとしまう。それとほぼ同時にチャイムが鳴り、席につけと言いながら数学の先生が教室へ入ってきた。沙耶は去り際に「今度は仁王先輩の話でも聞かせてよ」と言い残していったのだが、それは結局ハンとジンの話にしかならないですよと苦笑を浮かべた。


「…ということがあったんです」
「おまんにしては面白い話じゃ。褒めてやらんこともなか」
「この白髪野郎」
「せっかく褒めてやったのにのう…。まあ幸村の話でチャラにしといたるきに」


さて、所と時間変わって夜の散歩中。参考までに仁王先輩にも幸村先輩のことを聞いてみようかと思った私は、沙耶から聞いた話を仁王先輩にも大雑把に話してみた。仁王先輩は幸村がのうと呟きながら意地の悪い笑みを浮かべており、私は話す相手を間違えたことを悟った。次に幸村先輩に会うことが恐ろしい限りである。

そういえば、と改めて考えずとも私は仁王先輩のことをよく知らない。せいぜい知っているとしてもハンとジンが好きで鞄の中がおもちゃ箱のよう、ということくらいだろうか。よく知らない…いや、よく分からないと言った方がしっくりくる。それが仁王先輩らしいと思ってしまうこともまたよく分からないのだが。


「仁王先輩って本当によく分からないですよね」
「それが俺の信条ぜよ」
「じゃあこれは分かったってことになるんですか?」
「そうとも言えるし、そうとも言えん」
「…仁王先輩がめんどくせーってことはよく分かりました」
「プリッ」


そうやっていつも煙に撒く。わざわざ仁王先輩のことを考えるのも面倒になった私は今日整理したばかりのアルバムをちらつかせて、ささやかな仕返しをするのであった。




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