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一歩と一歩、歩み寄る



狐の形を作った手が鼻先に近づく。仁王先輩は仏頂面のまま私を睨んでいて、とっさにウルトラマンポーズで構えてしまった。


「伝言聞いたナリ」


狐の形が崩れ、ばちんと小気味いい音を立てて思い切りデコピンをされた。当然のごとくウルトラマンポーズも崩され、じんじんと熱を帯びたように痛む鼻を押さえてうずくまる。こっ…んの白髪野郎…!


「いきなり何するんですか!そのしっぽむしりますよ!」
「おうおう、おっかないのう」
「…っとに。で、柳生先輩から伝言聞いたんですよね?もう無理に付き合ってもらう必要はないですからね」
「なら気が向いたときにでも付き合っちゃるけん」
「…それなら別にいいですけど、部活に支障が出るようならやめてください」
「はいはい。分かっとるよ」


珍しく楽しそうに笑う仁王先輩は勝手知ったるなんとやらで家に上がると、母に軽く挨拶してハンとジンを呼んでいた。慣れた手つきでリードを繋ぎ、必要な荷物を持って家を出る。昨日で終わると思っていたのに、いざ今日という日を迎えてみると結局今までと何も変わらないじゃないか。いや、これから回数は徐々に減っていくだろうが。

六月。それすなわち暦上での夏を指す。暑さを極端に苦手とする私たちが外にいる時間も減っていく。じっとりとまとわりつくような湿気、揺れる陽炎、焼ける肉球…。想像しただけでげんなりしてしまうというものだ。


「夏ってなんで暑いんですかね…」
「ほんまじゃ。日陰っちゅーても暑いし涼しい所探すんで一苦労ナリ」
「仁王先輩も暑いの苦手なんですか?」
「さあのう」
「ハンとジンも暑いの苦手で…って見りゃ分かると思いますけど」
「俺も苦手ぜよ。おそろいじゃのう」


そう言ってどことなく嬉しそうにハンとジンの頭を撫でる仁王先輩に、内心でこの馬鹿がと毒づいてしまったが大目に見ていただきたい。残念ながら仁王先輩は目ざとくも呆れ顔の私に気づいたようで、なんじゃその顔はと頭を叩かれたが。相変わらず加減のない叩きっぷりである。仕返しに回し蹴りをしようとすればプリッと鳴いて避けてしまうしで憎たらしいこと山の如し。私がこの白髪野郎にぎゃふんと言わせてやれる日は果たして来るのだろうか。

一人、脳内で作戦会議を開いているといつの間にか公園へ着いていた。いつもなら柔軟をしてすぐにディスクドッグを始めるのに、なぜか仁王先輩は真っ直ぐにベンチへ向かって歩いている。仕方なく後をついて行けば仁王先輩はジンを膝の上に抱えて座り、自分の隣を軽く叩いているしでよく分からない。とりあえず私もハンを抱えて隣に座ればいいのだろうか。


「今日はフリスビーやらないんですか?」
「それは後でやるきに。たまにはおまんの話し相手でもしてやろうかと思っての」
「…えらい気まぐれですね」
「そういう日もあるもんじゃ」
「もんじゃ焼き」
「阿呆」


とまあ冗談はさておき、この人が自由気ままなのは今に始まったことではないので気にしないことにする。私はハンの肉球をふにふにといじりながら話題を探してみたが、特に聞きたいこともなかったので手っ取り早く今日会った柳生先輩のことを話題に挙げた。


「柳生先輩は仁王先輩と違ってジェントルマンでした」
「あれでいてなかなか面倒な奴ぜよ。…口うるさいし」
「仁王先輩にそう言われる柳生先輩が可哀想です」
「おいこらどういう意味じゃ」
「い、いひゃい…!そのははのいみれすよ…!」
「ほーう?」
「うぃいいい!?」


こ、この白髪野郎本気でほっぺた引っ張りやがった…!引っ張られすぎてほっぺたが伸びたか口の中が切れたかくらいはした気がする。やられっぱなしは性に合わないのですぐさまやり返してやろうと構えたが、街灯に照らされるすべすべお肌な仁王先輩の顔を見たらその気も失せた。…なんか、触ってはいけない気がする。

しかしだからと言って私が何もしないはずはなく、ジンで隠れて見えないであろう足を思い切り踏んでやったら仁王先輩から短い悲鳴が上がった。いつもならこれくらい避けるのに今日の仁王先輩はいろいろと珍しい。

結局、全部ひっくるめて「そういう日もあるもんじゃ」ということかと一人納得した私なのであった。




一歩と一歩、歩み寄る

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