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五月三十一日のこと



「私の名前は飛川佳澄」
「仁王雅治」
「俺は仁王雅樹ね」
「「はあ…」」


帰り道、私と仁王先輩はそろって重いため息を吐き出した。ただ一人、間に挟まれた雅樹だけがきょとんとした顔で首を傾げている。言われてみればたしかにきれいな顔立ちだが仁王先輩のようにきつい雰囲気はないし、あまり似ていない。気づかなくても無理はないはずだ。散々ヒントがあっただろと言い返されてしまうとぐうの音も出ないが。


「雅樹の名字が仁王で仁王先輩の下の名前が雅治なんて聞いてない…」
「プリン持ってったときに気づけ。まさきって書いとったじゃろが」
「うるさい!仁王先輩たちは似てないんですよ!」


ひねくれまくった仁王先輩に対し、雅樹は割と素直で可愛い。銀髪じゃないし髪も伸ばしてないし変な訛りもない。家では家族に釣られて訛ってしまうらしいが、神奈川へ越してきて二、三年になるというので普段の会話にそれが顔を出すことはない。それに引き換え、仁王先輩の訛りはしっちゃかめっちゃかな上に妙な鳴き声も相まって独自の言語となりつつあるし、まあどう足掻いてもやっぱり似ていないという結論に辿り着くというわけである。

雅樹は興味津々といった様子で私たちにいつどこで知り合ったのか、どういう関係なのか、プリン持ってったってどういうことだと質問攻めにしてきた。さすがに弟相手だと良心が痛むのか、仁王先輩にしては珍しくきちんと質問に答えている。こいつらどっちもブラコンかという言葉は心の内で思うだけに留めておく。


「へえ、じゃあ佳澄姉ちゃんと知り合ったのは俺の方が先なんだ」
「…ハンとジンもか」
「うん。スクールがないときとか公園で遊んでたから」
「まさか雅樹に先を越されとったとはな…」


仁王先輩が妙な対抗心を燃やしていて面倒くさい。しばらく雅樹に相手を任せようと二人から離れると、タイミングよく深雪から電話がかかってきた。きっと私からの着信履歴を見てかけ直してくれたのだろう。電話に出るとやはり用件はそれだったのだが、私が雅樹と立海にいたことを伝えると道理でと呟き言葉尻を濁してしまった。ちょっと待って、嫌な予感しかしない。


『丸井先輩たちがゲームセンターに行くって言っていたのに駅とは別の方向へ向かっていたのよね』
「うん…?」
『私の早とちりかもしれないけれど、後をつけられたりしてないかしら』
「…ありがとう深雪。ビンゴっす」
『やっぱり。たぶん赤也もいると思うから明日の朝練に遅れないようにだけ言っておいてくれる?』
「りょーかい」


電柱の影からはみ出した赤毛とワカメをじとりと睨みつける。仁王先輩はハンとジンと雅樹に気を取られて気づいていないようだったので、腕を突ついて振り向いたところで電柱の影を指差した。そして赤毛とワカメに気づいた仁王先輩が取った行動は…鞄の中のスーパーボールをぶち当てるというものだった。急にものを投げるとハンとジンが反応するのでやめていただきたい。


「いってえ!何すんだよい!」
「くあー…仁王先輩コントロール良過ぎっすよ…」
「おーおー、覗き見とは良い度胸じゃのうお前さんら」
「兄ちゃんの友達?」
「いんや、真っ赤な赤の他人じゃ」
「赤也と赤毛だけに?」
「飛川…それは寒いぜよ」
「ち、ちょっと言ってみただけじゃないですか!」


私だって言ってからやばいこれは恥ずかしいと思ったさ!もう口から出た後だったけど!

案の定、赤也と丸井先輩も目をすがめてこちらを見ていてどうやら付き添いというか保護者としてついてきたらしいジャッカル先輩まで苦笑を浮かべている。もう話があるならてめえらで勝手に済ませてくれと目だけで伝え、仁王先輩の手からハンのリードを奪い取った。ちなみにジンのリードは雅樹が持っている。今さらすまんだのなんだの言おうが遅い。主に私の口から出た言葉とか。


「はあ…用があるならさっさと済ませんしゃい」
「そう睨むなって。仁王の弟が来てたっつーからどんなんか見てみようぜってなっただけだから」
「え、俺?」
「お前名前は?小学何年生?テニスやってんの?」
「赤也、聞くならひとつずつにしろ」


頭の後ろで手を組みながらフーセンガムを膨らませる丸井先輩、身を乗り出して質問攻めにする赤也、その頭を軽く叩くジャッカル先輩。終始押され気味だった雅樹も三人が仁王先輩と同じ立海テニス部のレギュラーと知ると逆にプレイスタイルや得意技などと質問攻めにし返していた。

そしてそのまま五人で打ちに行くことになり、テニスど素人な私はその場で別れを告げることに。…別に寂しくなんてない。ただ、明日から六月になるから仁王先輩の付き添いはもう必要ないということを言いそびれたのが気がかりだっただけだ。




五月三十一日のこと

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