確信に似た予感
薬を飲んで寝て起きたら微熱と呼べるくらいには熱が下がっていた。しかしさすがに昨日の今日なので大事を取って休むことになり、卵粥を食べて大人しく寝た。私は毎年このくらいの時期になると一度は熱を出すので母の対応も慣れたものだ。…まあ、毎年のことだから笑われたというのもあるのだろうが。
お昼くらいに起きて携帯を見ると、沙耶をはじめとしたクラスメイトから心配や冷やかしのメールが来ていた。冷やかしはあれだ、お前どんだけ暑さに弱いんだよとかそんな感じだ。ひとつひとつ返信するのが面倒だったので、冷やかしメールを送ってきた奴には「飼い主はペットに似る」と書き、ハンとジンの写真を添付して一斉送信で返した。
しかしお昼を過ぎる頃にはさすがに眠気もすっとんでこの暇さ加減が苦痛になってくる。掛け布団を蹴っ飛ばしてベッドからずり落ちてみたり、指先と床で8ビートを刻んでみようが一人しりとりをしてみようが退屈が倒せない。好奇心は猫を殺すと言うが退屈は人を殺さないのだろうか。とにかく暇。
「ハンー、ジンー、ひまだよー死んじゃうよーたいくつだよー」
「さっきから煩い。黙って寝てなさい。床じゃなくてベッドで」
「そんな殺生な…」
一階からやってきた母に苦情を言われた。ちなみにハンとジンはお昼寝中らしく現れなかった。いよいよ私の死期も近い。無念。…と、渋々ベッドへ戻ったところで携帯が震えた。これはメールではなく電話だ。
『もしもし?起きてた?』
「起きてた。すっごく暇だった」
『ははは、思ったより元気そうで良かった。あ、今話してても平気か?』
「むしろお願いします」
電話をかけてきたのは友井で、教室に行くと私がいなかったので沙耶に休みということを聞いたらしい。熱はどうだ、食欲はどうだ、話しているのが辛かったら切ってくれて構わないと、純粋に心配してかけてきてくれたんだろうことが分かる。少し…いや、まあ、だいぶ恥ずかしいというか照れ臭いというか…あれだ、そんな感じだ。
友井とは休み時間が終わるまで話して、その後はどうにもむず痒い気持ちになりながら眠りについた。次に目を覚ましたのは夕飯に近い時間で、寝過ぎたせいか体がだるい。寝起き一発目の「あんたの腹時計正確過ぎて気持ち悪い」という母の言葉はさすがに酷いと思った。
そして、仁王先輩はいつも通り飛川家の夕飯が終わる頃にやって来た。ハンとジンは仁王先輩が来た=お散歩=私と遊べる…な方程式が成り立っていたのだろう。嬉しそうにしっぽを振りながらフリスビーをくわえて私のところへやって来てしまい、私のライフはとうとう底をついたのである。むしろオーバーキル。こんな可愛い子たちとどこぞの白髪野郎を二人きり…いや、三人きりにしなくてはいけないとは神様もよほど私のことが嫌いらしい。
「なるべく早く帰ってきてくださいね」
「それだけ聞くと夫婦っぽいのう。意味は全く反対じゃが」
「当たり前です。…本当に早く帰ってきてくださいね」
「はいはい。まあこれでも食って待っときんしゃい」
「はい?」
ずい、と差し出されたのはビニール袋に入ったプリンだった。仁王先輩は家に余っていたからと言い張っているが…どう見てもこれ“まさき”って書いてあるんですが。それを言ったら「こうすれば分からん」とどこからか取り出した油性ペンで名前を塗りつぶしてしまった。すまん、まさきくん。プリンは私が美味しくいただくから成仏してくれ。
それからハンとジンを連れて公園に向かった仁王先輩を見送り、プリンを持ってリビングへ戻ると母が何やら小難しい顔でこちらを見ていた。もしやプリンを狙っているのではととっさに隠したが、母はすでにハーゲンダッツを食べているのでその可能性は低い。ならばなぜ。
「…何かご用ですか」
「お母さんの勘はよく当たるわよ」
「結論から話すな。意味分からん」
「仁王くん、いい子なんじゃない?見た目はあれだけど」
「ええ…前半は肯定しがたい」
でも悪い子でもないでしょ、とにんまり笑う母に私はそうだけどと言いつつ言葉尻を濁した。なんとなく、すんなり肯定してしまうのは癇に触る。珍しく機嫌のいい母がハーゲンダッツを一口くれたが、それが更に怪しく思えてならない。ぞわりと背筋が冷えたのはアイスのせいだと思いたい。
母の勘。それが指す本当の意味をこのときの私は分かっていなかった。もうしばらく先になればその意味も分かる…かもしれない。
確信に似た予感
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