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家族は大切に



私と友井がそれぞれの教室へ戻ると当然のごとく質問攻めにあった。何せどちらも泣き腫らした顔をしていたのだ。疑問に思わない方がおかしいだろう。さすがに何もなかったという言い訳は通用せず、告白されたんだろと問い詰められて顔を真っ赤にした私はたぶん馬鹿だ。阿呆だ。私を放って盛り上がるみんなには、付き合うことにはならなかったと答えておいた。

沙耶と深雪には勉強会のときに事の顛末を説明した。結果として、私が後悔しないような答えを出せたのは二人のおかげだと思う。泣いたことは笑われたが、それが佳澄らしいと言ってくれた二人にお礼としてポッキーを献上した。

そんなこんなでテスト前にいろいろあったものの私の成績にそれが響くこともなく、前回同様上位をキープできたのでにんまりと笑いながら母に個票を渡した。さすがの母もこのテストの結果だけは褒めてくれるのだ。ただし、毎回しみじみと「あんた頭良かったのね」と言われてしまうが。


「おまんが頭良いとか詐欺じゃ。見えん」
「ぶっ飛ばしますよ」
「…変質者に飛び蹴り食らわした奴が言うと洒落には聞こえんのう」
「そりゃ本気ですから」


少し遠回りしながら公園へと向かう散歩道。隣に並ぶ仁王先輩は相変わらず何を考えているのか分からない薄い笑みを貼りつけたままそう言った。心なしか距離を開けられたが本題をまだ切り出していないので少しムッとしながらその距離を詰める。何かを察知したのか、仁王先輩の目が少し細められた。


「仁王先輩、よくうちでご飯食べてますけど家で食べて来ないんですか?」
「さあのう、どうじゃったか」
「…質問を変えます。兄弟とかいますか?」
「なんなんじゃ急に」
「答えないと膝蹴り。3、2、1…」
「姉貴と弟がおるぜよ」


持ち上げた膝をそっと下ろす。しかし仁王先輩の答えを聞いていつか見た真田先輩のごとく眉間に皺を寄せてしまった。答えたのだからもう文句を言われる筋合いはないとばかりに歩き出した仁王先輩だが、私がついて来ないことに気づいたジンが足を止めたのでそうもいかなかった。ハンも私の足下でじっとこちらを見上げている。その頭を優しく撫でて、私は仁王先輩から目を逸らした。


「私、兄弟とかいないんでご飯はいっつもお母さんと二人で食べるんですけど」
「……」
「お父さんの仕事が早く終わって一緒にご飯を食べられるときとか、地味に嬉しいんですよね」
「…何が言いたいんじゃ」
「なるべくご飯は家で、家族と食べてくださいってことです」


ずっと気になってはいたのだ。柳先輩は以前は外食が多かったと言っていて、今は今でほとんど我が家で夕飯を食べている。たしかに我が家に早く来る分、ハンとジンといられる時間は長くなるがそれなら家族はどうなるのだろうか。仁王先輩の分も作ったご飯はどうなるのだろうか。家族の気持ちはどうなるのだろうか。余計なお節介かもしれないが、もし私に兄弟がいて家でご飯を食べずによその家で食べていたらと想像したら…とても悲しくなった。

いつの間にかそばに来ていたジンが私に鼻を擦りつけている。もしもハンとジンが夕飯のときに家にいなかったら泣く自信がある。きっとめそめそしてご飯も喉を通らない。想像にかたくない。いや、まあそれを仁王家に当てはめていいのかと聞かれると答えに詰まるがとりあえずご家族も寂しく思っているんじゃないかとは想像できるのだ。特にお母さんとか。


「別に何か事情があるならこれ以上は言わないですけど」
「勘ぐらんでええ。家族仲が悪いわけでもなか」
「…じゃあ、お姉さんと弟さんっていくつですか?」
「それ聞いてなんになる」
「参考までに」


基本的に自分に関することは話したがらない仁王先輩。いつもならこの辺りでプリだのピヨだのとはぐらかされてしまうのだが、珍しく黙り込んだままだったのでじっと口を開くのを待った。

そして観念したらしい仁王先輩は溜め息混じりにではあったがきちんと答えてくれた。


「…姉貴は大学一年。弟は小六。テニスやっとるから俺と入れ替わりで立海に入ってくるじゃろ」
「そしたら赤也の後輩ですね」
「赤也が先輩とか想像つかん」
「はは、たしかに」


お兄ちゃんと同じスポーツをやっているとか、それ絶対お兄ちゃんのこと好きですよ。言えばやはりプリだのピヨだのはぐらかされそうな気がしたので言わなかったが、なんとなく察したらしい仁王先輩に頭を叩かれた。この白髪野郎。

翌日、私がすっかり夕飯を食べ終わった頃にやって来た仁王先輩を見て笑ってしまったのは不可抗力である。




家族は大切に

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