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君で良かった



翌朝、深雪は学校が少し遠いので私たちより早く家を出た。一緒に朝ごはんを食べた後に頑張ってと励ましてくれたので私は力一杯頷いた。そしていざ昼休みになると沙耶も頑張れと背中を叩いてくれて、これじゃあどっちが呼び出したのか分からないなと笑ってしまった。

教室を出て、昇降口でスニーカーに履き替えて、鬼ごっこをして遊ぶどこかのクラスの男子を横目に見ながら体育館裏へ向かう。友井はもういるんだろうか。私の方が先に着いてしまったらなんだか張り切っているようで恥ずかしい。実際、気合いだけは十分なのだがそもそもまだ…こ、告白と決まったわけではないのだし、あらゆる可能性を想定しなければならない。

とにかく頭の中ではいろいろなことを考えていたが、体育館裏の日陰の中で待つ友井を見たらそんなことは全てどこかへ吹っ飛んでしまったのである。


「ご、ごめん、遅くなった」
「いや、大丈夫。俺も来てからそんなに経ってないし。…というか来てくれてほっとしてる」
「来るよ、そりゃ…うん」
「…うん。とりあえず座る?」
「うっす」


体育館裏の扉の前にある階段に並んで座り、しばらくはテストのことなど普段と変わらない話をしていた。しかし不意に会話が途切れ、友井が深呼吸して私の方へと向き直した。耳に響く心臓の音がうるさくて仕方ない。


「一年のとき、同じクラスで隣の席になったよな」
「うん。沙耶と仙田も同じ班で、給食のときとか楽しかった」
「俺も。…それで飛川が飼い犬の話をしてくれたことがあったろ?」
「…うん」
「そのときの、さ、飛川の笑った顔とか、すげえ嬉しそうな顔とか、見て、前から可愛いと思ってたんだけど、それがもっと可愛いと思うようになって」
「う、うん…」
「話してても楽しいし、クラス別れたのとか地味にショックで、体育とかで会えると嬉しくて…。あーくそ…ちょっと待って、言うから、ちゃんと言うから」


友井の赤くなった顔が俯いた。手の平で目元を覆って、また深呼吸を繰り返していて、私は震えそうになる手を握り締めて次の言葉を待った。目を逸らしてはいけない。きちんと、彼の気持ちに答えなくてはいけない。そう思うのに、昨日からずっと考えていた言葉をひとつも思い出せそうにないとはどういうことか。

そしてようやく視線が重なったとき、私は不覚にも泣きそうになった。


「好きだ。俺は、飛川のことが好きなんだ」


飾りっ気のない真っ直ぐな言葉。私は蚊の鳴くような声でありがとうと返すだけでいっぱいいっぱいで、だけど言葉にしなければいけないのはその先だと分かっていたから、友井を真似るように深呼吸を繰り返した。

私はまだ恋愛の“好き”を知らない。しかし友井が私に向けてくれた感情と、私が友井に向ける感情が違うことは分かる。恋愛は怖い。イコールで結ばれなかった想いはどこへ行くのだろうか。そこでぱったりと呼吸を止めてしまうのだろうか。まるで今までのことが全てなかったかのように、赤の他人に戻ってしまうのだろうか。

私は、何かに終止符を打ちかねない“好き”がずっと怖かったのかもしれない。


「ありがとう。…私を好きになってくれて、ありがとう」
「うん」
「でも、私は、友井の好きとは違うから…応え、られない、けど」
「…うん」
「でも、それで今までと全部変わるのとか、絶対嫌だ…話したり、笑ったり、ふざけたり、したい、から…ああもう、なんて言えば、いいんだろう、ね」
「はは、さっきと立場が逆だな」
「うん。どうしようも、ない」
「泣くなって」
「うっさい。そういう、友井だって、泣いてるくせに」
「うっせ!失恋したんだから泣かせとけ!」


二人並んで、ぼろぼろと涙をこぼして、そのくせ口からはいつものような軽口ばかりが飛び出して。私たちは泣きながら、友達をやめない約束をした。友井はいい奴すぎて絶対に損をしていると思う。それを言ったらお前が惚れてくれれば問題ないと言い返されて、誰が惚れてやるかと丸まっていた背中を思い切り叩いてやった。


「俺、飛川のこと好きになって良かった」


そんなことを言ってのける友井はどうしようもなくいい奴で、初めて好きになってくれたのが友井で良かったと、心の底から思った。




君で良かった

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