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気分は合戦前夜



まさか体育館裏って、いやでも、だって、ほら、ちょっと、いやいやいや私に限ってないないない…。そんな言葉が延々と頭の中で繰り返されている。エンドレスリピートである。我が輩は疲れたのである。

自慢じゃないが初恋もまだな上に少女漫画の甘酸っぱい恋すらも避けて生きてきた。もちろん、これが…その、なんというかあれな感じの呼び出しかもしれないということは分かる。しかし相手が私となるとどうしても「おいてめえ教えんの下手過ぎなんだよ一発殴らせろやコラ」的なシーンが浮かんでしまう。何より勘違いだったら恥ずかしい。思い上がりは御免被る。ちくしょう、堂々巡り。

どうしようもなくなった私は仁王先輩にお散歩中止の連絡メールを送り、助けを求めて沙耶へと電話をかけた。


「…もしもし、沙耶?」
『そりゃあたしの携帯にかけてるんだからあたし以外出ないだろ』
「さ、さやあああ…!私どうしたらいいか分かんない!勘違い!?これ思い過ごし!?どうしよう全然分かんない…!」
『はあ?ちょっと落ち着け、今からそっち行くから。家にいる?』
「いる…家にいる…」
『じゃあ十分…いや、三十分くらいで行くから待ってて』
「うん…ありがと…沙耶さんカッコイイ…」
『知ってる。じゃあまた後で』


沙耶の声を聞いた途端、押し留めていた何かが氾濫してしまった。分からない。とにかくいろいろなことが分からない。あれは本当にそういう類いの呼び出しなのか、だとすれば友井は私をどう思っていたのか、友井はどうしたいのか、私はどうすればいいのか…最善の答えはなんなのか。

ちゃちな私の脳みそはあっという間にキャパシティーをオーバーしてしまい、溢れた分は涙となって目からぽろぽろとこぼれ落ちていった。なぜ泣くんだと聞かれたら昔からこうだったのだとしか答えようがない。

そしてお散歩に行かない私を不審に思った母が部屋までやって来た。泣いている私を見て放った一言が「ブサイク」だったのでおかんこの野郎と思うと同時に少しだけ元気が出たのは内緒だ。それから仁王先輩の苦情メールの対応をしながら時間を潰し、三十分ほど経った頃に鞄を二つほど抱えた沙耶…と、同じく鞄を二つほど抱えた深雪が玄関のベルを押した。


「え?深雪?というかその荷物は…?」
「あたしが誘った。これは泊まり道具。おばさんには電話で言ってあるから」
「マジでか」
「大マジよ。よっぽどのことがあったのね、佳澄が泣くなんていつ以来かしら」


少し困ったように笑う深雪に釣られて私の頬も少しだけ緩んだ。二人を部屋へ通すと、リビングで寝ていたはずのハンとジンも後ろにくっついて来て鼻を鳴らすものだから私の顔は完全に緩みきった顔になっている。思ったより元気そうで良かったけど、と言う割には二人とも呆れ顔である。

気を取り直して。荷物を降ろした二人にクッションを渡し、視線を泳がせながらもどうにかこうにか話を切り出した。


「えーっとですね…まだ完全にそうと決まったわけじゃないんだけど、もしかしたら明日、その、あれ、えーっとですね…これ見てもらっていいですか」
「そんなに言い辛いことって…何これ呼び出し?誰かに目つけられた?」
「いや、たぶん、違う…と思う」
「それなら告白、ということかしら?」
「私の思い違いでなければ…」


事の経緯をかいつまんで話し、何をどうしていいのか分からなくなってしまったのだと伝えた。ほんのりと頬を赤らめた沙耶は「そういえば男バスの先輩も佳澄のこと可愛いって言ってたんだよな…」と不意打ちで食らうにはいささか大きすぎる爆弾を落とし、思わず見とれるほど柔らかい笑みを浮かべた深雪は「青春ね」と聞いているこちらが恥ずかしくなるような一言を言ってのけた。

二人は安易に“付き合っちゃえば?”なんてことは言ったりしない。私が色恋沙汰に興味がないことも、そのくせどこか特別なものとして見ていることも知っている。


「難しいかもしんないけど、素直に思ったことを伝えてやんなよ」
「綺麗事でまとめようとしちゃダメよ。例え傷つけることになっても、嘘はいけないわ」


そんな二人のアドバイスを胸に明日、人生初の呼び出しに挑みます。




気分は合戦前夜

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