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物語はクレッシェンド



さすがに毎日押しかけるのは悪いからということで今日の勉強会はお休みとなった。と言っても沙耶は女バスの子に講師を頼まれ、深雪は赤也のお守り、幸弘とたっちゃんも立海の友達と勉強をするらしいのでテスト勉強自体はお休みではない。かく言う私も友井に国語を教えてくれと頼まれ、今日くらいハンとジンと遊んでしまおうかという悪魔のささやきは退けられたのである。

放課後、プリントの置き忘れをしていないかロッカーを確認してから友井のいるC組へ向かった。教室内には同じようにテスト勉強のために残っている子が何人かおり、私に気づくとなぜかニヤリと笑って友井を呼んだ。…友井、お前笑われるほど国語がヤバイのか。


「あー…悪いな、急にこんなこと頼んで」
「いいよ別に。今日は丁度空いてたし。で、何が苦手なの?」
「…文章とか読んでると途中から何読んでるのか分からなくなる」
「うん。漢字は後回しにしようか」


基本的に国語は勉強をしなくともある程度点数の取れる教科だが、友井からすれば勉強をしてもよく分からない厄介な教科らしい。暗記物は得意だけどこういうのはまどろっこしくて苦手。友井はプリントを広げながら渋い顔をする。

しかし私自身、国語は…というか国語に限らずどの教科も感覚的に覚えているため人に教えるとなると難しい。先にそのことを謝っておき、友井の隣の誰とも知らない席に座った。正面よりも隣の方が同じ向きで文字を読めるため、国語のような教科を教えるときは隣の方がやりやすいと思う。


「おい友井ー、しっかり飛川に教えてもらえよー」
「集中する方向間違えんなよー」
「うっせ!お前らどっか行ってろ!!」


教室に残っていたのは友井の友達だったらしい。お互いに軽口を叩き合い、友井が筆箱に入っていた消しゴムを投げつける。お友達も見事命中した消しゴムを拾い上げ、すぐに投げ返そうとしていたのだがなぜか野球のフォームのまま固まってしまった。そしてそれは彼の筆箱の中へと吸い込まれていく。


「おい、人の消しゴム返せよ」
「この消しゴムは預かった。使いたかったら飛川に借りるんだな」
「おお、なるほどな。お前頭いいわ」
「だろ?」
「…っの!もう余計なことすんな!」


…なんだか私、すごく蚊帳の外じゃないだろうか。それとなく時間なくなっても知らないよーと声をかけると、友井は慌ててシャーペンを握ってくれたがやはりお友達の方が気になるらしく、ちらちらと視線が泳いで集中できていない。教えてやるんだから集中しろ、友井この野郎。

シャーペンを腕に軽く刺したら友井もようやくプリントと睨めっこを始めた。とりあえず自力で解いてもらい、詰まってしばらく経ったら私が順に教えていく。しかし飛川の教え方は分かりにくいと文句を言われた。友井この野郎。そしてやはり、ふとした瞬間にお友達の方へ視線が流れるのでもういっそ巻き込んでしまえと私は彼らにも声をかけることにしたのである。


「なんか友井が一緒に勉強したそうにしてるから一緒にやらない?」
「え、いいの?」
「やるやるー」
「ちょ、俺はそんなこと一言も…!」


友井が何か言っている気がするが無視だ。お望み通りお友達も巻き込んでやる。

問題を解く友井の横で、この前のテストは国語だけ42点だったとか、美術が壊滅的にやばいだとか、そういえばサッカー部のレギュラーになったんだとか、お友達は友井トリビアをたくさん教えてくれた。その十分の一くらいでいいから友井に勉強を教えて欲しいと思わないこともない。

なんやかんや妨害されつつ、どうにかこうにか課題のプリントだけは終わらせた頃には最終下校時刻が迫っていた。勉強会はこれにて終了。お友達はアイスが食いたいと騒ぎながらさっさと教室を飛び出してしまったので、まったくもって自由人であると溜め息をこぼした。


「…なんかいろいろ悪いな」
「なんで友井が止めようとしたのか分かった。面白いけど邪魔しかしてこなかった」
「はは、面白いから厄介なんだよな、あいつら」


そう言って緩く笑った友井の顔は仕方ないなとでも言いたげで。沙耶もよくこういう顔をするんだよなあとぼんやり眺めていた。

しかしそれも束の間。次の瞬間にはそれよりもずっと優しい目でこちらを見るものだから、私はなんと声をかけていいのか分からなくなってしまった。


「今日はありがとうな。これ、中に飴が入ってるから」
「お、おお、ありがと」
「待った、手紙は後で読んでくれ。んじゃ、また明日な」
「うん?また明日ー」


少し赤らんだ頬で手を振り、走り去った友井。レモン味の飴玉を包んでいたのは“明日の昼休み、体育館裏に来てほしい”という走り書きだった。




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