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イフの先にないもの



やってきました恒例のテスト前勉強期間です。例のごとくたっちゃんの家に集まった私たちだが、現在赤也を除く五人で某司令官のポーズを決めている。重々しい空気の根元はたかが紙切れ、されど紙切れ一枚である。


「もうあたしの手には負えない」
「私も今回は自分だけで手一杯よ」
「右に同じ」
「俺もだなー」
「私も無理。教えるの苦手だし」
「そこをなんとか頼むってえええ!」


文字通り泣きついて来た赤也を幸弘が足蹴にし、私たちが囲んでいた紙切れを赤也に突きつけた。紙切れに踊る赤いペケが語るのは絶望的と言っても差し支えない赤也の英語力。去年、沙耶たちが必死に教えてくれたというのに全く身になっていなかったとは何事か。


「んだよこの小テストの結果は!あたしが教えてやったこと全部まるっと忘れやがって…!」
「すんません…」
「柳先輩のご恩も忘れたわけじゃないわよね?赤也のために対策ノートまで作ってくれたんだものね?」
「そ、それはもちろん…」
「他の教科も英語よりマシとはいえ結構ひどいだろ」
「うっ…」
「前から不思議だったんだけど、赤也ってどうやって立海に入ったの?」
「ううっ…!」
「…うん。とりあえず私も手伝うから、やれるだけのことはやろうか」
「うわあああマジでごめんなさい…!!」


みんなが容赦なく突き放すものだからつい不憫に思えて甘いことを言ってしまった。結局手を貸してしまうのはみんな一緒なのでまあ良しとする。

グラスの中で涼しげな音を立てていた氷をひとつ噛み砕き、鞄の中から英語のワークやノートを引っ張り出す。きょとんとしていた赤也も慌ててノートやプリントを出したのだが、机の中で潰れていたのか皺だらけだった。


「もともとこの中じゃ私が一番赤也に近い学力だったからね。まずは去年やったこと思い出してもらうよ」
「うぃっす!」
「立海の進み具合とかは分からないから、そこまでいったらパスしていい?」
「OKー。任された」
「おい赤也、お前大会近いんだから踏ん張れよ!」
「赤点で追試なんてことになったら試合に出してもらえないわよ?」
「わ、分かってるっつーの!」
「なら普段からやれや」
「…うぃっす」


沙耶が丸めたノートで赤也の頭を叩いたのを合図にみんなもそれぞれの勉強を始めた。私は教えることは苦手だがどういうところが分からない、というのはなんとなく分かる。単語より文章題、接続詞の位置だったり文法によって役割の変わる単語がうぜえぶっ潰すとかそんな感じだ。単語は配点が低い上に赤也がスペルミスをする確率が高いので優先順位を低めにし、とにかく小学生の自己紹介レベルから英文に慣れさせた。

赤也はゲームや漫画の台詞、技を交えながら教えるとびっくりするくらい覚えるのが早い。どうにかこうにか二時間ほどぶっ通しで教えたところで私の集中が切れたので、休憩にしようとノートを閉じた。赤也は昔から集中力だけは並外れてあるから、苦手なものでもどうにか波に乗せてやればきちんと集中してやってくれる。好きなもの以外はやる前から逃げようとするのが難点だが。


「はいじゃあ休憩ー」
「うへえ…マジ死ぬ…ゲームする…」
「おいこら今ゲームなんかやったら全部忘れるだろうが」
「お、ポケモンすんの?なら俺もする!」
「…幸弘がやるなら私も」
「はは!やっぱ佳澄もやりてえんじゃん!」
「じゃあ赤也が赤点取ったら幸弘のせいってことで」
「大丈夫大丈夫、俺が赤点取らせねえから」
「やべえ幸弘サンマジかっけー」
「だろ?」


すっかりだらけモードになってしまった私たちを見て、沙耶、深雪、たっちゃんの三人もペンを置いて笑っていた。それぞれの画面を覗き込みながら最近どうよ、もうすぐ大会が、なんて話が間に挟まってきたのだが、唯一部活動に所属していない私はみんながどういう苦労をしているのか分からないので頑張れとしか言いようがない。

ちょっとしょんぼりしていたら沙耶と深雪がお菓子をくれて、部活に入っていなくて良かったとにやけた私はとても現金だと思う。




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