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甘いは幸せの味



それは金曜日の夜のこと。東京に住む従兄弟のかず兄から一本の電話がかかってきた。


『ケーキバイキングの券が三枚あるんだけどさ、佳澄も一緒に来てくんね?』


本当は幸弘も誘ったんだけどあいつ部活らしくてさあ、とがっかりしたような声を出すかず兄。すでに別の甘党野郎を誘ってあるらしいが、男だけでケーキバイキングはいろいろツライから一緒に来て欲しいとのことだった。タダでケーキが食べられるとあっては私も断れない。男二人の中に女一人、それも片方は見ず知らずの人というのは気がかりではあるものの、まあいざ食べ始めてしまえば気にならないだろうとすぐに承諾した。

かず兄はおばさんの影響か甘いものが好きだ。男が甘いものを好きなのは恥ずかしいといっていつも隠したがるが、従姉妹の私にまで隠すほど面倒くさいことはしない。かず兄の家に遊びに行ったときはカモフラージュに連れ回されたのもいい思い出である。

そんなこんなで遠路はるばる東京までやって来た私。青春台駅で下車し、改札を抜けるとすでにかず兄と連れの人が待っていた。


「よーっす、かず兄」
「よーっす。時間ぴったりだな。こいつ、電話で話してた奴。今は転校しちゃったけど元青学なんだよ」
「…ども、不二裕太っす」
「どもどもっす。かず兄の従姉妹の飛川佳澄です」


不二裕太と名乗った彼はかず兄に背中を叩かれ、硬い硬いと笑われている。不二さんはいやだってと言葉を濁しているが、初対面の異性が現れては誰だって戸惑うだろうから仕方ない。まあかず兄的には相手が私だから面白がっているものと思われる。


「裕太は佳澄とタメだから別に敬語じゃなくてもいいかんな」
「え、じゃあ二年生?」
「あ、はい…いや、おう…?」
「あはは!まあ徐々に慣れろよ!」


不二さん改め不二くんは頬を掻きながら困ったように笑った。不二さんだと山の富士山を想像してしまうので敬称が変わって良かった良かった。

…それにしても、かず兄は年下キラー過ぎやしないだろうか。男限定で。不二くん然り、幸弘然り、赤也もまた然り。いや、私も懐いているからぎりぎり男限定ではないかもしれないが、なぜか学校を越えて年下の知り合いをたくさん作っている気がする。

私がそのことを指摘すると、同じように感じていたらしい不二くんがそういえばこの前もとかず兄の話をし始めた。サッカー部の練習試合で会った相手校の一、二年生(幸弘)だったり、その友達(赤也)だったり、クラスメイトの弟(不二くんはこれに当たるらしい)だったり。…初めてかず兄が害ある人物に見えてきた。


「男たらしだ…」
「おいその言い方やめろ!怖い!あらぬ誤解招きそうで怖い!」
「でも墨下先輩ってホント年下の知り合い多いっすよね」
「裕太てめえ先輩を売る気か!」
「かず兄ボディタッチ禁止」
「ボディタッチって言うか絞まってますって…!」
「お前らケーキバイキングのタダ券やらねえぞ!!」
「「すんませんっした」」
「…もうお前ら嫌い」


最初はぎこちなかった不二くんだが、かず兄を間に挟んで話している内にだいぶ打ち解けてくれた。彼はどうにも名字で呼ばれることが好きではないらしく、下の名前で呼んでくれと頼まれたのでこれからは裕太くんと呼ぶことにする。

それから電車で移動し、目的のケーキバイキングにありついたところで二人はこそこそと私の背後に回った。どうやら私に無理矢理連れてこられましたといった体を装いたいらしい。ハッ!意気地なし共めが!と心の中で嘲笑していたが、いざバイキングが始まると二人は皿に載せられるだけ載せて、かついろんな味が食べたいからとお互いのケーキを半分こしながら食べるという女の子顔負けの技を披露してくれたので私いらなくね?と白い目を向けてしまったのは不可抗力である。


「ここのはフルーツ系のタルトが一番うまいらしいっすよ」
「ああ!この洋梨のタルトめっちゃうまい!裕太も食ってみろ!」
「じゃあこっちのかぼちゃのタルトどうぞ」
「お、サンキュー。佳澄もなんか欲しいもんあったら言えよ」
「んー。ミルクレープ欲しい」


人によっては行儀が悪いと思われてしまうかもしれないが、やはりいろんな味を楽しみたいので大目に見ていただきたい。あれはフルーツの処理が、生クリームの脂肪分の割合が、あそこの店とはどう違うなどなど、今までもケーキ屋巡りを二人でしていたのか単純に美味しい以外の言葉がぽんぽん出てきて呆気にとられてしまった。舌が肥えているにもほどがある。

そして制限時間いっぱいまでケーキを堪能した私たち。レジ横に並べられていたクッキーを沙耶と深雪のおみやげに購入し、お店を出て膨らんだお腹を満足げにさすった。


「おいしかったー!私、洋梨のタルトが一番おいしかった!」
「俺もそれが一番うまかった!あのあともう一個食っちゃったし」
「佳澄と裕太は洋梨か。俺は桃の方が好きかなー」


そこからまた二人による怒濤のケーキトークが始まってしまったので、私は適当に好き、嫌い、こういう味の方がいいと子供じみた感想を挟みながら二人の話を聞いていた。

別れ際、裕太くんが「飛川って女子って感じがしないから話しやすくて助かった」と言っていたのはそのほっとしたような笑顔に免じて許してやることにする。




甘いは幸せの味

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