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羊とハスキー



休み時間にトイレへ行った帰りのこと。隣のC組の前を通りかかったときに教室内にいた友井が私を見てあっと声を上げ、机にぶつかったり人にぶつかったりしながら慌てて私の前へ飛び出して来た。


「飛川!」
「よーっす。いろいろぶつかってたけど大丈夫?」
「見てたのかよ…別に大丈夫。あのさ、昨日駅前にいただろ?一緒にいたのって彼氏?」
「…ああ、仁王先輩のこと?ないない、ありえないね。だいたい彼氏なんていたことないし」
「そっか。あー…変なことで引き止めて悪かったな」
「別にいいよ。誤解されたままでも困るし」


じゃあねと手を振ってC組を通り過ぎる。教室に戻った友井が何か言われているようだったが、私も教室に入ってしまったので聞き取ることはできなかった。

さて、その仁王先輩だが今日のお散歩には来れないらしい。仁王先輩が来れないとなると私は夜の散歩に出ることができない。いや、そろそろストーカー問題も収まったと見ていいのだろうが、一応春の間は自重するようにとの約束なのだ。

だから少しでも長くハンとジンと遊ぼうと全速力で自転車をかっ飛ばして帰宅し、全速力で走って公園へとやって来た。先客である近所のちびっこに今時熱血ははやらねーよと言われたが、どうしてお前たちはそんなことを言うんだと熱血調で返したら意外と乗ってきたのでやっぱりちびっこは可愛いなあと思った。

いつも通りキャッチ、テイクを繰り返し、体がほぐれたところで太股を足場にしたタップ、屈んだ背中を飛び越えさせるオーバーの練習に移る。チェストは足場となる私の体幹がいまいちなので、下手に怪我をしないためにもまだ練習は控えている。そして、たまにちびっこにフリスビーを投げさせてあげていたら、いつぞやのお姉さんにパシリにされていた子があさっての方向へホームランしてしまった。


「わわわ…!ごめんジン!」
「まあこういうこともあるねー…ってどうしたんだあれ、茂みに顔突っ込んでる」
「もしかして、佳澄姉ちゃんのこと呼んでる?」
「かもしれない。ちょっと見てくる」


一度はくわえたフリスビーを傍らに落とし、茂みに顔を突っ込んで尻尾を振るジン。その後姿が可愛かったのでまず写メを撮り、私についてきたハンが同じように茂みに顔を突っ込んだのでまた写メを撮り、それからようやく何があるのかを確認するために私も顔を突っ込んだ。そこにいたのは…、


「んが〜」


人だ。人がいた。金髪の。一度茂みから顔を抜き、反対側へ回ってその人物を改めて見下ろす。青っぽいジャージにパンツですかと聞きたくなるストライプ柄のハーフパンツ、枕にしているリュックにはラケットが刺さっている。どこかで見たことがあるような気がしないでもない。

記憶の引き出しを順番に引っくり返し、テニス、金髪、青っぽいジャージと検索をかけるとヒットが一件。そうだ、彼はいつぞやのマジマジさんではないかとわざとらしく手を打ってみた。

どうしてこんな所で寝ているのかは全く分からないが、とりあえず起こして話を聞かないことには何も分からない。それにいくら暖かくなったとは言えこのままでは風邪を引いてしまうかもしれない。スポーツ選手が体を蔑ろにしてはいかんだろう。


「マジマジさん!起きてください!風邪引きますよ!」
「んー…あと二十分…」
「中途半端に長い!」


揺すっても声をかけても起きる気配がないのでお腹の上にハンを落としてみた。ぐええっと潰れたような声の後、のっそりと起き上がったマジマジさんは涙目に後ろ頭を掻き、大きな欠伸をこぼす。ここはどこだと呟く声は以前会ったと違い、聞いているこっちまで眠くなるような間延びした声だった。


「んあ?おめー…なんか会ったことある気がするC〜」
「そうですね。私もそんな気がします。で、なんでこんな所で寝てたんですか?」
「えーっと…たしか今日は部活が休みだったから〜…そうだ!丸井くん!丸井くん見に来たんだ!やっべ!今何時!?」
「もうすぐ五時です」
「やっべー!練習終わっちゃうCー!おめー立海の場所知ってる!?俺、そこのテニス部の練習見に行きたいんだけど!」
「知ってますけ…どおおお!?」
「早く!走って走って!」


眠そうな声から私の知っている元気な声に変わったと思った途端、マジマジさんは私の手を掴んで公園を飛び出した。フリスビーやらリードが置きっぱなしなのでちょっと待っていてくださいと言うと、マジマジさんはその場で足踏みしながら早く早くと私を急かす。慌てて荷物を引っ掴み、ちびっこたちに別れを告げて戻ってくればまた勝手に手を掴んで走り出した。場所知らないんじゃなかったのか。


「ハン!ジン!カムヒア!」
「なにそれかっけー!あ、おめー意外と足速いのな!」
「意外とは余計です…ってそこ左!」
「っと、こっちかー!」
「ストップストップ!信号変わりますよ!」
「くあー!マジマジ急いでんのについてねー!」


そんな感じで走り通したおかげでどうにかテニス部の部活動が終わる前に立海へ着くことができた。マジマジさんは「サンキュー!ハスキーちゃんのおかげで助かったCー!」と元気に手を振りながらテニスコートへ消えて行ったのだが…もしかしなくともハスキーちゃんとは私のことだろうか。少々こそばゆいあだ名だ。でも悪い気はしない。

結局、私は名乗ることもマジマジさんの名前を知ることもなく夕飯のために帰路へとついた。彼はきっと名前を教えても私のことはハスキーと呼ぶんだろうなと思うとニヤけてしまって困ったが、果たして次に会う機会があるのかは定かでない。




羊とハスキー

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