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いつか見たシャボン玉



私は今、非常に困っている。現在地駅前、時刻はヒトハチサンヨン、目標は改札の外にて女の子に囲まれております。

要約すると、仁王先輩との約束通り駅へやって来たはいいが肝心の奴が立海の制服を着た女の子に囲まれていて声をかけられない状況なのだ。ハンとジンがどうして行かないのとでも言いたげな顔で私を見上げてくるのでさらに困っている。いや、うちの子が可愛いのはもはや自然の摂理なので仕方ないのだが。

このまま立ち往生していてもハンとジンが目立つだけなので仁王先輩の携帯に電話をかけた。すぐそばまで来たから出てきてくださいと言うと、後ろで彼女かと冷やかすような声が聞こえる。ついでにそんなんじゃなかと否定するうんざりしたような仁王先輩の声も。

ほどなくして女の子の集団から抜けてきた仁王先輩はハンとジンの姿を見た途端にそれはもう眩しいほどの笑顔を浮かべた。普段の顔からは想像できないほどの輝かしさだ。


「ハン!ジン!ようやっと会えたぜよ!」
「バウッ!」
「首輪新しくしたんじゃな。どっちも似合っとるのう」
「バウッ!」


人目も気にせず二匹を抱き締める仁王先輩はその容姿も相まって妙に絵になる上非常に目立つということを自覚して欲しい。興奮したハンとジンはしきりに仁王先輩の匂いを嗅いでいて、くすぐったがりながらも楽しそうに笑っているのは駅前の大通りなのである。


「ほら!リード二つ持っていいですからとりあえず立ってください!恥ずかしい!」
「おまんにこの寂しさは分からん」
「何言ってるんですか。この子たちを検査入院させなきゃいけなくなったときなんて一睡もできなかったんですからね…ってそうじゃなくてとりあえず行きますよ!ハウス!」
「ハウスじゃと。しゃーないから帰るとするかのう」


もう何を言ってもにこにこと嬉しそうに笑うからこっちは気が気じゃない。…ん?何がだ。よく分からないまま仁王先輩の隣に並び、時間が時間だからまずは家に帰ってご飯を食べてきてくださいと伝えた。すると案の定ぶーたれ始めたので、妥協案として私の家で夕飯を食べることになった。


「あ」
「何か忘れ物でもしました?」
「おまんのせいで合宿でひどい目にあったナリ」
「はあ?私のせい?」
「四天宝寺の金色っちゅー奴に絡まれて一氏っちゅー奴にも絡まれて、跡部にもハンとジンのこと教えろとかなんとか…」
「お疲れさまでした?」
「そこはすみませんじゃろ」
「ハッ!冗談!」
「…鼻で笑う奴があるか」


力強く鼻で笑ったらぺしんと頭を叩かれた。こういうところで加減をしない辺り、やっぱり仁王先輩は私のことを女として見ていないんですよ、幸村先輩。ことあるごとに人の頭を叩いてくるので私は仕返しに仁王先輩のちょろ毛を引っ張ってやった。身長差のせいでかなり強く引っ張ることになってしまったのでこれは次から控えようと思う。

それから私の家で夕飯のカレーを食べて、仁王先輩が洗い物をして、なんなら毎日来てもいいわよと母が笑って、返答に困ったらしい仁王先輩がプリッとお決まりの台詞を吐いたところでハンとジンがいないことに気づいた。いつもなら私のそばで寝転がっているのに今日に限ってリビングにいない。いったいどこにいるのかと探しに行くと、ハンとジンは玄関に置かれた仁王先輩のラケットバッグの匂いを一生懸命嗅いでいた。


「臭いの?」
「失礼なこと言うんじゃなか」
「あれ、仁王先輩いたんですか」
「ハンとジンの声がしたんでな。…なんか気になるもんでも入っとるんか?」


そう言って仁王先輩はラケットバッグを開けた。てっきりラケットや勉強道具が入っていると思ったのに、出てくるのはおもちゃのピストル、スーパーボール、妙な箱にパッチンガム…子供のおもちゃ箱かと突っ込みたくなるようなものばかりだ。ひとつだけやけに達筆な習字が出てきたが、恐らく仁王先輩が描いた字ではない。だって文字の流れが素直すぎる。

いったい何をしに学校へ行っているのかと呆れ半分、感心半分で鞄の中身を眺める。そして最後に出てきたひとつに、ハンとジンはちぎれんばかりの勢いで尻尾を振った。


「ほう、シャボン玉が好きなんか」


シャボン玉の小瓶を揺らすと、ハンとジンは鼻を寄せて匂いを嗅いだり前足を伸ばしてきたりと分かりやすいまでの反応を見せてくれる。そしてこの日は公園でシャボン玉を吹いて遊んだのだが、その光景に何か引っかかるものがあった。

しかし思い出せそうになかったのでこれはきっとどうでもいいことなのだろうと潔く諦めることにする。




いつか見たシャボン玉

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