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ようこそ夢の国



私が出会い系と勘違いしたメールは赤也が合宿所で仲良くなったという青学の桃城くんが送ったものだったらしい。内容は「仁王先輩の彼女なの?」とかなんとか薄ら寒い内容だったというので読まなくて良かったと心の底から思った。勝手にアドレスを教えた赤也にはポップコーンをおごらせる約束をとりつけ、妙な誤解もきっちり解かせた。

そしてゴールデンウィーク最終日、私たち六人は朝早くから駅前…ではなく赤也の家で待ち合わせをしていた。かれこれ十年近い付き合いになるのだ。奴の寝坊癖など全員嫌というほど知っている。

案の定、未だ夢の中だった赤也を赤也のお母さんに叩き起こしていただき、慌てて歯を磨く後ろで普段以上にもじゃくっている髪を直す。その間に幸弘とたっちゃんが散らかった部屋から適当な服を身繕い、沙耶と深雪はお母さんにの話し相手を務め、支度時間計十分ほどで切原家を後にした。


「ったく、寝坊とか予想通り過ぎて笑える」
「いやー、わりぃわりぃ!昨日遅くまでゲームやっててさ!」
「こりゃ俺らにもポップコーンおごりだな」
「だなー」
「はあ!?なんで!」
「私はキャラメル・ポップコーンをお願いしようかしら」
「んじゃあたしはカレー」
「俺チョコ」
「俺はココナッツでいいよ」
「え、あと塩くらいしか思いつかないんだけど」
「なんで全部違う味なんだよ!」


なんてやりとりをしながら電車を乗り継ぎ、ほぼ予定通り(赤也の寝坊も計算済み)千葉の遊園地、通称夢の国に着いた。そしてパンフレットを開いてまずどう回るかを決めようということになったのだが、普段より三割増しの笑顔を輝かせたたっちゃんが、


「まずはコーヒーカップがいいな」


と、それはそれは楽しそうに言うものだから人気アトラクションのファストパスを取ってコーヒーカップへ向かった。しかし、問題が一つある。たっちゃんの回すコーヒーカップは下手な絶叫マシーンより質が悪いのだ。コーヒーカップは四人乗り。私たちは六人だから三人ずつに分かれることになる。つまりたっちゃんの犠牲になるのは二人、ということだ。


「ぐっとっぱーしよう」
「気分的にはじゃんけんで負けた人がたっちゃんと同じって感じだけどな」
「言うな赤也」


たっちゃんが出すのはグーか、パーか。某漫画のじゃんけんにおける心理戦が思い出されたがこれはあくまでグーとパーで分かれるだけなので全く参考にならない。うんうん唸っている間に幸弘が掛け声をかけ、とっさに私が出したのは…チョキだった。いやいやさすがにこれはないと言いたいがもっとないのは赤也とたっちゃんまでチョキを出しているところだ。


「なんでチョキ!」
「佳澄が言うな!!つーかなんでたっちゃんまで!!」
「誰か出すかなーと思って」


なんということだ。にっこりと笑うたっちゃんに私と赤也はそろって頭を抱えた。コーヒーカップごときで何をと思うかもしれないが、あれは本当に普通に座っていることすらできなくなるほどの遠心力がかかる。ついでに言うと中央の円盤に腕を伸ばすことすら困難だ。あと筋肉痛にもなる。なんと恐ろしいコーヒーカップ。

そうこうしている間に列は進み、沙耶、深雪、幸弘の三人は頑張れと他人事のように…実際他人事なのだが、適当な励ましの言葉をかけてコーヒーカップへ乗り込む。私と赤也は乗る前からぐったりしつつ、本当にやばくなったら二人がかりで止めようと固く誓い合って笑顔のたっちゃんに続いた。

…結果はまあ、あれだ、私と赤也はしばらくまともに歩けなくなった。おまけにもう一回乗ろうと眩しいほどの笑顔で言われて今度はじゃんけんで負けた私と幸弘が犠牲になった。私だけ二回って不公平だろ。


「おい赤也…ちょっとポップコーン買って来いや…」
「おま、食ったら吐くぞ」
「うるさい。お前をパシらないと気分が治らない」
「ったくしょうがねえな。適当に近くにあるやつ買ってくるからな」


そう言って走り去った赤也は、どういうわけかポップコーンと一緒にモジャのっぽさんと赤毛のやんちゃ坊主をどこからかテイクアウトしてきた。そのせいで久しぶりの遊園地が何やらおかしな方向に転がり始めることとなる…ような予感がしなくもない。

まだ一つしかアトラクションに乗っていないのにこの疲労感はなんだ、とこっそりため息をついた。




ようこそ夢の国

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