第一印象は泣きボクロ
「え、え?これ映ってる?というか聞こえる?」
『ふふ、聞こえるてるわよ。でもカメラがオフになってるみたいね』
「えーっと…これか!」
ゴールデンウィーク二日目。当初の予定通り家族でドライブに出かけ、父にハンとジンの新しい首輪を買ってもらった。まだ新しいせいか革が固いらしく、ジンはたまに首輪を引っ掻いて外そうとしている。ハンはあまり気にしていないようだが。
そして夜、深雪にそっちはどうかと電話をかけたら大丈夫だから心配しないでと笑われ、ついでだからゴールデンウィーク最後にどこへ行くか相談しようということになった。沙耶には休みかどうか直接確認済み。たっちゃんと幸弘には赤也から予定を開けてくれるよう伝えてある。あとは肝心の行き先なのだが、これがまだ決まっていない。
電話だと一対一でしか話せない。メールだとまどろっこしい。そこで深雪が提案してきたのはスカイプだった。私の家のノートパソコンはもともとカメラとマイクが内蔵されているタイプのものなのだが、なにせ今まで使ったことがなかったので深雪に電話で教わってどうにかこうにかアカウントを取得した。画面いっぱいに深雪の姿が映し出され、すみっこには私の姿も映っている。おお…これぞ文明の利器。
『じゃあこれから赤也を呼んで来るわね』
「りょーかい。つなぎっぱなしにしておいて大丈夫?」
『ええ。問題ないわ』
そう言って部屋から出て行く深雪を見送り、ノートパソコンを持って一階のリビングへ下りる。ソファの前のローテーブルにパソコンを置いてキッチンへジュースを取りに行くと、ブラシをくわえたハンがやって来た。あまりの可愛さにジュースを入れたコップを落としそうになったがどうにか持ちこたえる。しかしそれも、パソコンの前に座って前足で画面をつつくジンを見た瞬間にもろくも崩れ去ったというかうっかり中身をこぼした。やっちまったぜ。
「ハン、ジン…恐ろしい子…」
『アーン?誰かいるのか?』
「え」
なんか知らない人の声がした。肉声ではなく電話のような機械を通した声。まさかと思ってジンの後ろからパソコンを覗くとどえらいイケメンさんがそこにいらっしゃった。ちなみに母が設定したデスクトップではない。
『てめえはたしか立海の…』
「え、私立海生じゃないんですけど」
『この前いただろ。途中からだったが、マネージャーの仕事を手伝ってたじゃねえか』
「ああ…あの時はたまたまです」
『まあそれはいい。これを繋いだ奴はどこに行ってんだ?使わねえんなら切るぞ』
「ちょっと待って下さい。もう少ししたら戻ってくると思うので」
言われてから思い出した。そういえばこの間深雪の手伝いに行ったときにこんな泣きボクロの人がいたような気がしないでもない。なんだか胃もたれしそうなくらいのイケメンさんだったので覚えている。いや、正確には忘れていたが思い出した。
泣きボクロさんは頬杖をつきながら、興味津々に画面を見つめるジンを見てシベリアン・ハスキーかと呟いた。次いでブラシをくわえたハンが横から現れ、二匹も飼っているのかと少し驚いたような顔をする。そして一拍遅れて、あれは仁王が飼っている犬じゃなかったのかと片眉を吊り上げた。ハンとジンは正真正銘うちの子だ。あんな白髪野郎にくれてやった覚えはない。
『俺もアフガン・ハウンドを飼っている』
「アフガン・ハウンド!綺麗ですよね!でも飼うのは難しいって聞きますけど」
『は!そんなの俺様にかかればどうってことねえな。それに、飼育の難しさで言えばシベリアン・ハスキーも同じだろ』
「最初は大変でしたよ。運動量だったりしつけだったり。遊び半分で噛まれたりもしましたし」
『舐められてんな』
「うるさいですよ」
たしかに昔はそうだったかもしれないが今は違う。ディスクドッグを通じてお互いの意思の疎通ができるようになったし、甘えられるようにもなった。今だって現在進行形でハンのブラッシング中だ。どうだ羨ましいだろう。そんな私を見て泣きボクロさんは小さく「マルガレーテを呼ぶか」と呟いたのだが…マルゲリータを呼んでどうするのだろうか。食べるのか。そもそも呼ぶものなのか。首を捻りながら変な顔をしていたら犬の名前だからなと呆れたような声で言われた。なんで考えていることが分かったんだ。
『あれ?跡部さんじゃないっすか。何やってるんすか、こんな所で』
『てめえか、電源をつけたまま放置してたのは』
『すみません、私が繋いだままにしてしまって…』
『つーかもしかして、今佳澄と話してました?』
『佳澄?こいつの名前か?』
『名前も知らないまんま話してたんすか…』
遠かった声が近づいてきて、泣きボクロさんが振り返るために体の向きを変えたことでその人物の姿が画面に映った。姿が見えなくとも分かったが深雪と赤也だ。泣きボクロさんは最後に使うのは自由だが電源を切るのを忘れるなとだけ言い残して部屋を後にした。
私はアフガン・ハウンドの姿を思い浮かべ、泣きボクロさんとセットで見たら胃もたれすること間違いなしだなと一人頷く。赤也と深雪はそんな私を見て不思議そうに首を傾げていた。
『跡部さんと何を話していたの?』
「犬の話。あの人もアフガン・ハウンド飼ってるんだって」
『ふーん。んなことよりさっさと行く場所決めようぜ!俺遊園地系がいい!』
『私はみんなで行けるのなら場所はこだわらないわ』
「またそういうことをさらっと言う…」
それから一時間ほど行く場所や合宿の様子のことなどで話し込んで、消灯の時間だと泣きボクロさんが呼びに来たことでお開きとなった。もっと話したかったのに、空気の読めない泣きボクロだ。
それとこぼしたジュースの跡を踏んで足の裏がベタベタになってしまったのだが、母にバレる前にこぼしたことを思い出せたのでこれはこれで良しとする。
第一印象は泣きボクロ
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