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前言撤回



以前ひざかっくんに失敗したことからも分かるように、私と仁王先輩のコンパスの差は歴然である。例えて言うならゴボウvsカブ。色と肌のなめらかさでいったら私がゴボウで仁王先輩が洗い立てのカブなのだがまあそこは置いておくとして。

とにかく仁王先輩は歩くのが速いのだ。いや、見た目はゆったり歩いていように見えるのに一歩がでかい。嫌味なくらいでかい。まるで動く歩道の上でも進んでいるかのようである。当然、平均より気持ち控え目な身長の私がついて行けるはずもなく、小走りになりながらついて離れてを繰り返している。


「ちょ、すみません…!もうちょっとゆっくり歩いてくれませんか…!」
「おまんが走ればよか」
「キーッ!あったまきました!ハン!ジン!カムヒア!」
「あっ!」


コマンドに反応し、仁王先輩を振り切ってやって来たハンとジンを従え意地の悪い笑みを浮かべる。予想以上に悲しそうな顔をされて胸が痛まないでもないがこうでもしないと仁王先輩の歩みは止められなかったのだろうから仕方ない。

続けざまに走り出せ、とコマンドを出し、仁王先輩を追い越して公園へ向かって一緒に走り出す。すると後ろから「待ちんしゃい!」という声と共に仁王先輩が追いかけて来るではないか。いやあれ結構マジじゃないですか。運動部と帰宅部の差を…という理論は残念ながら私には通じなかったりする。


「待つわけないっすわ!はははは!」
「なん、おまんなんでそんなに足が速いんじゃ…!」
「伊達にこの子たちと毎日走ってませんから!」
「ずるい!」
「ずるいって…」


前にも言われた気がするぞ。一気に気が抜けて足を止めると、追いついてきた仁王先輩にすぱんと一発頭を叩かれた。地味にどころか普通に痛い。


「ずるい!」
「いたたた…何がずるいってんですか…」
「さっきのも全部じゃ!」
「さっきの?毎日一緒に走ってるって言ったやつですか?」
「それもじゃけど!」


なんだこの仁王先輩…。とりあえず先の方で待っていたハンとジンを呼び寄せ、私の隣に座らせた。公園はもう目と鼻の先だからハンとジンのお尻がそわそわしている。このまま何かの拍子に走り出されても困るので、頭を撫でながらイージー、落ち着いてというコマンドを出した。そしてこれにも反応を示す仁王先輩。さっきからずるいとしか言わなかったのだが、もう一度理由を尋ねると拗ねたような声でこう言った。


「合言葉みたいでずるい…」


私はこの一言で死んだ。撃沈した。どこの子供だと突っ込みたい。見た目と言葉のギャップがひどくてなんというかその…可愛いし笑いたいしで私の顔面は容易く崩壊した。

思わず顔を背けてその場に蹲ったのだが、仁王先輩は馬鹿にされたと思ったのかディスクドッグの技を出すときがどうの、普段の小さな動きですらどうの、ハンとジンとおまんにしか分からんからどうのとまくし立てている。腹筋が震えて声が出ないので即刻お黙りいただきたい。


「俺にも教えんしゃい!」
「わ、わかった、ので…ちょ、ぶふ!」
「笑うんじゃなか!」
「だ、って、あー…ぶふ!」


何度となく繰り返したあの言葉、今なら撤回してもいい。仁王先輩のこと、苦手でも嫌いでもないかもしれない。

それからシット、ステイといった簡単なコマンドに始まり、ディスクドッグの基本、キャッチ、テイクといったコマンドを教えたところでようやく仁王先輩の機嫌が直った。足の長さを生かして体の大きいジンとのスルーも難なく決められたときは少々腹が立ったが、仁王先輩が楽しそうだったのでよしとする。




前言撤回

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