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思考は不時着



一晩寝て朝ご飯を食べて学校へ行って、沙耶にこれからは仁王先輩に夜の散歩を付き合ってもらうことを話してから気づいた。私は仁王先輩の連絡先を知らない。


「というかそもそもなんで仁王先輩が佳澄の散歩に付き合ってくれることになったの」
「あの人ハンとジンが大好きなんだよ。いないって知ったときのテンションの落ち具合が酷いくらいには」


この前柳先輩がこっそり教えてくれた。仁王先輩は普段懐く側だから懐かれたのが嬉しかったんだろうと。でもハンとジンに会ってすぐの頃はそうでもなかったのに。そう言って首を傾げていたらそれは飛川を警戒していたからだろうなと柳先輩は笑った。どうやら仁王先輩は人見知りが激しいらしい。

話を戻すと、そんな人見知りの激しい仁王先輩の連絡先を私なんぞが聞いてもいいのかということだ。いっそ赤也か柳先輩か丸井先輩を連絡係に…いや、言い方が悪いな。伝言をお願いした方がいいのだろうか。うん、これだ。


「仁王先輩ねえ…。幸村先輩が言うには“本当に騙しているのは自分自身かもね”らしいよ」
「え、なにそれ。深い意味で?」
「知らね。仁王先輩とそんなに話したことあるわけじゃねえし」


謎だ。仁王先輩も幸村先輩も。とりあえず今日のところは赤也に伝言を頼んで、会ったときに連絡先を聞いてみよう。そこでまたプリだのピヨだのはぐらかされたらその先もずっと赤也に伝言を頼めばいい。頑張れ赤也。なるべく短い文章の伝言にするから。

給食後のお昼休み、早速赤也へメールを送った。本当なら手っ取り早い電話で話を終わらせたかったのだが、文字で残しておかないと忘れられそうな気がしたのだ。八時頃に緑地公園で、とは我ながら味も素っ気もない簡潔な文章である。しかしこれなら赤也でも大丈夫だろうと私は一人頷いた。

ベランダでぼんやり外を眺める沙耶の隣に並び、グラウンドを見下ろす。校舎の周りを元気に駆け回る男子生徒が何人かいた。よくよく見るとうちのクラスの男子と隣のクラスの男子ではないか。元気がいいなあ。まるでうちのハンとジンのようだ。


「学校にハンとジン連れてきたらダメかな」
「そろそろ暑くなるから無理だろ」
「おぞましい夏が来る…!」
「まだ四月だけどな」


夏はダメだ。ハンとジンだけではなく私も暑さが苦手なのだ。去年なんかは溶けるを通り越して蒸発した。アスファルトの照り返し、揺らぐ景色、焼かれる肉球…。心頭滅却しようが暑いものは暑い。むしろ心頭冷却した方が効率がいい。くそ、今年のゴールデンウィークはどうか暑くなりませんように…。


「あ、友井が手振ってる」
「ホントだ。とりあえず振り返しとこう」
「後ろから来てるけど…っはは!だっせ!やっぱ捕まった!」
「でも友井は足速いなー」


もちろんうちの子たちの方が速いけどと心の中で付け足して、私はゴールデンウィーク中の予定をぼんやりと考えた。




思考は不時着

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