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潰そうぜゴールデンボール



自分一人で考えたら最終的には“私に限ってそれはない”という答えに行き着いていただろう。だが、第三者…それも柳先輩のような人に指摘されれば話は違う。認めざるを得ない。やばい、気持ち悪くなってきた…。


「嘘だと言っておくれパトラッシュ…」
「冗談言ってる場合じゃねえだろい!」
「ストーカーとは男の風上にも置けん奴だ」
「まったくです。女性にそのような真似をするとは許せません」
「真田先輩…柳生先輩…!」


丸井先輩が何やら裏手でツッコミを入れていたような気がするが無視だ。今は真田先輩と柳生先輩から差す後光を拝むので忙しい。とかなんとかふざけでもしないと正気を保っていられそうにない。

呆然としながら「佳澄がストーカー…」と呟く赤也には私がストーカーみたいに聞こえるからやめろと頭を叩き、こみ上げる吐き気をどうにかやり過ごす。瞼の裏に浮かぶのは怯えきった男の顔、と粗末なイチモツ…。


「くそ、やっぱすり潰しときゃ良かった…」


苦々しく吐き出した言葉は空気に乗って溶けることなくその場に留まった。柳先輩に俺に聞き間違いかもしれないからと聞き返されたので、力を込めて「すり潰しておけば良かった」と答える。男性陣の手がゴールデンボールにそっと添えられた。隣で深雪がそうねと至って真剣な顔で同意するとさらに男性陣の顔が青くなった。そんなに痛いのか。

…待てよ?痛い、それすなわち恐怖、ひいては嫌悪の対象にならないだろうか。そっちの性癖がなければなるはずだ。少なくとも私はそうだ。痛いのは嫌だし、本気で急所を潰さんばかりの勢いで踏んでくる相手を好きになるなんてありえない。おお、希望の光が見えてきた!


「柳先輩、好きな子が怒鳴ってたら引きますよね?引きますよね?」
「…状況と内容による」
「“すり潰すぞこら!!”…って怒鳴られながら後ろ手取られてゴールデンボールに王手をかけられたら?」
「まさか…」


一言で言うならば“ドン引き”。全員が全員そんな顔で私を見ている。さきほどまで擁護してくれていた真田先輩と柳生先輩まで目が合った瞬間逸らされた。しかし私としては満足のいく反応を得られたので万々歳だ。

つまり、いくらストーカーするくらい私に執着していようと男性陣がこれだけドン引きするようなことをした私を好きでいられるはずがないということだ。これはきっとトラウマ、姿を見たら逃げ出すレベルだ。昨日の私グッジョブ。称賛の拍手を贈ろうではないか。

かくして、もしかしたら私が遭ったのは変質者ではなくストーカーだったのかもしれない対策会議(終わってから教えられた)は閉会となった。とりあえずしばらくは様子見、何か少しでも異変を感じたら周りに相談するようにとのこと。あと夕飯後の散歩は控えるようにとも言われたのだが、週に何回かは仁王先輩が付き添ってくれることになった。これは素直にありがたい。

何かあってはいけないからと今日は柳先輩と赤也が家まで送ってくれることになり、全員でぞろぞろと部室を出る。真田先輩が部室の施錠を終えたのを確認し、みんなで駐輪場へ向かって歩き出すと柳先輩が私の隣へ並んだ。


「念のため、帰ったら何かなくなったものがないか確認するんだぞ」
「あ、パンツとか」
「なっ、女性がそのようにパ、パ、…」
「パン、」


パーン!

パ、パ、パン、パーンとはなんともリズムがよろしく…じゃない。柳生先輩が顔を真っ赤にして言葉をつかえているから代わりにパンツと言おうとしたのに、柳生先輩に関してことさら厳しい深雪に頭を叩かれて言えなかった。最後のパーン!は私の頭がパーン!されたパーン!だ。地味に痛い。

そして帰宅後、ためしになくなったパンツがないか母に聞いたら、


「そんなんやったらとっちめて置いて行ってもらうわよ。…パンツと指を」


と言っていたので、ストーカー野郎が二度と私の前に現れないことを切に願った。警察にしょっぴかれる側に回るのは御免被る。




潰そうぜゴールデンボール

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