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楽しそうだったから



いったん家に帰ってうだうだして、お昼ご飯を食べてからまた少しだけうだうだして、三時頃にハンとジンを連れて家を出た。家を出る際、借りて来た映画を見ながら同じようにうだうだしていた母が飴を二粒くれた。ただし黒飴。好きだからいいけどずいぶんと渋いチョイスだと思った。

今度はハンとジンも一緒なので歩いて立海へと向かう。前もって深雪にも言ってあるしいいかと思い、直接コートのある場所へ訪れると真っ先に仁王先輩がやって来た。


「ハン!ジン!」
「うわあ…」


まず突っ込みたいのは試合もせずに木陰でスタンバっていたように見えたのは気のせいかということと、朝はいなかった偵察、応援の皆さんの視線が痛いということ。思わずうわあなんて言っちゃったが周りの人はみんなぎょっとした顔をしている。それもそうだ。付き合いの浅い私ですら仁王先輩のこんな姿は変だと思うのだから。


「水飲ませてもええか?」
「はい、というかむしろありがたいです。はい」


考えるだけ無駄か。あらかじめ用意していたらしい飲料水を手の平に垂らし、水を飲ませる仁王先輩。くすぐったいと言いつつ柔らかく細められた目、そして切られるシャッター音。私はもうどうにでもなれと溜め息をついた。偵察さんたちのおかげで他校生の私も変に目立たずに済んで助かるなあ。ははは。

というわけで愛犬たちとじゃれる仁王先輩は放置して、迎えに来てくれた深雪にひらりと手を振った。


「深雪ー、また手伝いに来たよー」
「ふふ、ありがとう。今回ばかりは仁王先輩に感謝しないといけないかしら」
「いいよあの人に感謝なんかしなくて。で、何からやればいい?」
「じゃあまずジャグを洗うのからお願いしていい?」
「おいーっす」


今朝私たちが運んだジャグはすっかり空になっていた。これなら私一人でも運べる。荷台に載せられるだけ載せて、残りは左手に持って荷台を押す。洗うのは家庭科室、ではなく部室横の水道だ。こんなでかいものが流しに収まるわけがない。

てきぱきとジャグやコップを洗い、同じようにジャグを洗いに来ていた女子バスケ部の子とおしゃべりしつつ用意した布巾で水気を拭き取る。何部?男テニの手伝い。偵察多いから大変そうだねー。うん、大変そうだった。あはは、他人事じゃん。なんて話をした。

洗い終わったジャグは深雪に頼まれた通り部室のテーブルの上に置いておく。そのとき棚の上に飾られたたくさんのトロフィーが目に入ったのだが、何より気になったのはそこに飾られた写真だ。


「おお…私の知ってる柳先輩だ」


綺麗に切りそろえられたおかっぱ頭。まだそんなに背も高くなくて、たぶんこれは一年生のときの写真なんだろうなあと予想がつく。横に並ぶ幸村先輩は今よりもさらに性別不明で、おっさん先輩…真田先輩も辛うじて少年の体を保っていた。なんというか、時間って残酷だ。

さて、いつまでも写真を眺めているわけにはいかない。私は次の手伝いをするべくコートへ向かった。…のだが何やらフェンス脇の木陰に妙な人だかりができている。偵察や応援の人たちはすでに撤収した後のようだし、あれは立海と相手校のテニス部員だろうか。


「ジャグは洗い終わったのか?」
「はい。あ、次は何やればいいですか?」
「そうだな。じゃあコート整備を頼んでもいいか?もうすぐ古怒田たちがブラシを持ってくるはずだ」
「了解しましたー」


コートの入り口で突っ立っていると、爽やかに汗を流す柳先輩に声をかけられた。ブラシを待つ間、それとなくあの人だかりが何かを聞いたらハンとジンだな、と簡潔な答えが返ってきた。う、うちの子がたぶらかされている、だと…?


「ここから呼ぶことはできるか?」
「たぶん。…いや、やらないですからね。どう考えても目立つじゃないですか」
「それは残念だ。仁王!そろそろ片付けに戻れ!」


わざとだろこれ。柳先輩が珍しく大きな声を出したおかげで人だかりの顔が一斉にこちらを向いた。そしてどことなくあれ誰とでも言いたげな雰囲気が漂っている。と思ったら赤也が私の名前を呼びながらこちらへやって来て仁王先輩はその隙にハンとジンを連れて反対側へ逃げた。あの野郎本格的にうちの子をたぶらかす気か。

…まあ、今日くらいは大目に見てやらないこともない。




楽しそうだったから

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