top : main : IceBlue : 41/140


お姉ちゃんのやる気スイッチ



にゃあ、と鳴く猫の声で目が覚めた。赤い夕焼けの中、小さな子供と大好きな愛犬たちが駆け回っている。ぼんやりする頭を傾げて、ああそうかベンチでうたたねしていたのかと思い出した。


「あ、佳澄姉ちゃん起きた!」
「ホントだー!」
「ぐええ…っ」


起き抜けに一発、二人と二匹分のタックルを食らって呻き声が漏れた。これじゃあ一発じゃなくて四発か。夕焼けに染まってお兄ちゃんそっくりの髪色になった二人は、ハンとジンにもみくちゃにされて楽しそうに笑っている。そう、いつぞや遊んだ丸井先輩の弟、信太と健太だ。

今年で信太は小学三年生に進級し、健太は幼稚園の年長になった。どうやら私がいつもこの公園にいることを丸井先輩から聞いたらしく、二人にとっては遠いだろう距離を歩いてわざわざ会いに来てくれたのだ。ならどうしてお前は寝ているんだと聞かれたら、この子たちが会いに来たのは私ではなくハンとジンの方だったからと答えよう。いいんだ私は。ハンとジンを好きになってもらえたことが何より嬉しいから。


「ねえねえ!フリスビーやってよ!佳澄姉ちゃん得意なんでしょ?」
「起きたばっかでまだ頭が…」
「ハンとジンもやりたいって」


そう言って末っ子健太が指差したのはベンチにほったらかしにされていたフリスビー、をくわえるハンとジンの姿だった。


「二人ともそこでよく見てなさい!春休み中暇を持て余していたお姉ちゃんの本気を見せてあげよう!」
「佳澄姉ちゃんって単純だよな」
「ブン太兄ちゃんに似てるね」


二人がぼそぼそと何かを話しているが私の耳には届かなかった。

計五枚のフリスビーを手に持ち、ステイのコマンドを出す。前はそれとなく使う程度だった英語での指示。やっている内に英語の方が短い言葉で指示が出しやすいと分かったので、今は全て英語を使うようにしている。

スルーのコマンドで股下をくぐらせ、タップのコマンドで私の太股に足をかけて跳びながらディスクをキャッチ。まだまだテンポ良くとはいかないが、順に五枚のディスクを飛ばせば技が決まるたびに歓声があがった。

そしてハンがキャッチしたディスクを口渡しでジンへとバトンタッチ。体の大きいジンは演技もダイナミックで、最後はバランスを崩した私が押し倒される形で演技終了となった。どうにも格好がつかないのはご愛嬌だ。

いつの間にか観客は信太と健太以外にも増えており、顔なじみのちびっ子や奥様、犬の散歩中だった人やジョギング中だった人まで遠巻きにではあるが足を止めて見ていた。気づいていたら最後はかっこ良くオーバーで決めたのにと負け惜しみでも言っておこう。


「すごい!佳澄姉ちゃんすごいよ!カッコ良かった!」
「ハンとジンもすごくかっこよかった!」
「よし、もっと褒めてくれ」
「ハンとジンは偉いなー」
「いいこいいこー」
「あれ?お姉ちゃんは?」


という私の冗談交じりの呟きも興奮した二人には届かず、なんだか可哀想な人になってしまったではないか。妙な対抗心を燃やした私はこの子たちに褒めてもらうべく、ディスクドッグの特訓に励むことを心に誓った。




お姉ちゃんのやる気スイッチ

←backnext→


top : main : IceBlue : 41/140