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だって彼は詐欺師


今までの経験からいって十中八九、幸弘から話を聞いた赤也が文句の電話をかけてくるものだと思っていたのに。実際には私の予想の斜め上を行って、かず兄と幸弘と三人で晩飯食ってるぜと自慢げなメールが送られてきた。なんでそんなに仲良くなってるんだ。

夜の涼しい時間、いつものようにやってきた公園で適当な返信を送り、携帯を閉じた。真っ白な画面に慣れたせいで目がちかちかする。ハンとジンは遊んでと主張するように鼻先で手のひらをすくっていて、私はああちくしょうお前ら大好きだと二匹まとめて抱き締めた。

そして不意に、嬉しそうに首を擦り寄せていたハンとジンの動きがぴたりと止まった。大きな耳をぴんと立てて公園の入り口を見つめている。視線の先には背の高い、白髪の…いや違う、あれは、


「バウッ!」
「あ!こら!まっ…なんで!」
「なんじゃ、またおまんらか」


それはこっちの台詞だ。ハンとジンがそろって見つめていたのは何度か会ったことのある仁王先輩だった。仁王先輩は駆け寄ってきた二匹の頭を撫でて、そんなに俺が好きかと意地の悪そうな笑みを浮かべた。千切れんばかりに振られる尻尾は私に向けられた愛情表現ではない。なんと忌々しいことかこの白髪野郎…。


「仁王先輩はこんな時間にこんな所へなんの御用ですか」
「いつどこへ行こうが俺の勝手ナリ。…しっかし、相変わらずなつっこいのう」
「忌々しい!」
「羨ましいか」
「ちょっとうちの子たちたぶらかさないでくださいよ!変な匂いでも移った、ら…」


ハンとジンを撫でるためにしゃがんだ仁王先輩の頭は私が見下ろせる位置にあり、体温に乗って昇る匂いが鼻先を掠めた。…これは、嗅ぎ慣れた私の好きな匂いだ。

仁王先輩は急に黙り込んだ私を訝しむように見上げようとした。その頭を押さえつけ、ふわふわと跳ねる髪の毛に鼻先を埋めて大きく息を吸い込む。当然のように抗議の声が上がったがそんなものは無視だ。私は体重をかけて頭を押さえ込み、全神経を鼻に集中…しなくとも嗅ぎ慣れた匂いなのでその正体はすぐに分かった。


「…道理でこの子たちが仁王先輩の匂いに反応したわけですね」
「全く意味が分からん」


理由が分かってしまえばなんてことはない。ハンとジンはやっぱり私が好きだということだった。やれやれとんだ早とちりだったぜと溜め息をつくとなぜか仁王先輩までやれやれと言いたげに溜め息をついた。なぜだ。私はじゃれつくハンとジンの相手をしながら首を傾げる。仁王先輩は緩慢な動作で立ち上がり、乱暴に後ろ頭を掻いた。


「人の頭の匂い嗅いどいて説明はなしか」
「ああ、それですか。仁王先輩のシャンプーが私と同じだったんですよ。だからこの子たちも反応してたんだなあと思いまして…それ以上近付いたら金的かまします」
「プリッ」


恐らく仕返しをしようとそれとなく近寄ってきた仁王先輩に牽制をする。何やら妙な鳴き声とともに後ずさったので匂いを嗅がれることはなさそうだ。人にやっておいて自分にやるなというのはなんともジャイアニズムな話だが致し方ない。だってジョギングした後だから汗臭いだろうし。臭いと言われたらさすがに傷つく。

じゃあ私はそろそろ家に帰るので。そう告げてハンとジンのリードを掴んで歩き出す。すると仁王先輩は途中までは一緒だと言って私の隣に並んだ。歩くたびに揺れる後ろ毛が尻尾みたいだと思った。


「もう春になるけん、変質者も出るようになるぜよ」
「虫みたいですね」
「…ちっとは警戒心を持てんのか」
「ハンとジンが一番、私は二の次。時間なんて気にしてたらこの子たちの散歩ができません」


なんだか最近似たようなことを誰かに言われた気がしないでもない。二度目だからか少しムッとした。私を一番にしてこの子たちを二の次にしろと言うのか。そんなことできるわけがないのに。第一、私だってスカートははかないようにしているし、音楽も聴かずにきちんと周りの音が聞こえるようにしている。最低限の自己防衛はしているはずなのだ。これ以上の文句は聞きたくない。

急に機嫌の悪くなった私を気遣ってか…いや、たぶんわざわざそういう気を回すタイプの人ではないだろうから、仁王先輩は恐らく気まぐれでガムを私に差し出した。よくあるミント味のパッケージ。今のもやもやした気分には丁度いいかもしれない。


「食うか?」
「ありがとうございま…っぎゃあ!」


ばちん!と小気味いい音を立てて指が挟まれた。ガムはガムでもパッチンガム。くそ!暗いから分からなかった!やっぱりこの先輩嫌いだ!




だって彼は詐欺師

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