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“嬉しい”の涙


今週の土曜日、金川総合病院にお見舞いに行きます。かなり早いですけど誕生日プレゼントも持ってくんで。

なんだ、バレちゃったのか。じゃあ誕生日プレゼント楽しみにしてるね。



というメールのやり取りが沙耶と幸村先輩の間で行われ、迎えたお見舞い当日。柳先輩に教えてもらった病院、病室の前で幸村先輩の名前を確認し、沙耶が軽いノックをすると中からどうぞ、の声が聞こえた。幸村先輩のものと思われる声は扉越しにも凛としているのが分かって、柄にもなく緊張してしまう。とりあえず背の高い沙耶と深雪の後ろに隠れるようにして部屋へ入った。


「間違ってたらごめんね、藍田さん…で合ってるかな?」
「うっす。はじめまして、幸村先輩。藍田沙耶です」
「ふふ、はじめまして。幸村精市だよ。直接会うのは初めてだからなんだか変な感じがするね」


ベッドの上で柔らかく微笑むのは女性かと見紛うほどの美少年だった。どこか儚げな雰囲気を携えた薄幸美人は視線を沙耶から私と深雪へと移し、飛川さんと古怒田さんで合ってるかな?と小首を傾げている。そんな姿も恐ろしく絵になりますね、幸村先輩。


「はじめまして。古怒田深雪です」
「あ、飛川佳澄です…」
「はじめまして。二人の話も赤也と藍田さんからよく聞いてるよ」


赤也め何話しやがったんだ。あいつの性格からいってろくなことでないのは明明白白なので、後でとっちめることを心に誓う。

そんな感じで簡単に自己紹介を済ませ、私たちはベッドのそばに並べられた椅子へと腰かけた。実際に会ってみての印象は優しげ儚げ美少年だったのだが、早速と言わんばかりにプレゼントの催促をするのを見て「ああ、メールの人だ」と妙に感慨深い気持ちになってしまう。

沙耶が抱えている大きな包みの中にはじょうろとスケッチブック、それに私たち三人からのメッセージカードが入っている。深雪は胸に抱いていた花束を沙耶に渡し、それは沙耶の腕から幸村先輩の腕へと移された。


「まだ早いっすけど、誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。これ、変わった花束だね。もしかして誰かが作ったの?」
「深雪が作ったんすよ。フラワー…何部だっけ?」
「フラワーアレンジメント部。今年でもう廃部になってしまうんですけど」
「そうなんだ…」


寂しいね、と悲しげに微笑む幸村先輩。深雪も小さく頷き、悲しげな笑みを浮かべた。なんでも深雪以外の唯一の部員であった先輩が先日卒業してしまい、フラワーアレンジメントの資格を持っていた顧問の先生も離任してしまうので、部の存続は困難として廃部が決まったらしい。

深雪の最後の部活動は卒業する先輩への花束、幸村先輩への誕生日プレゼント、そして離任する先生へのお別れの花束を作ること。四月から何をしようかしらと微笑む深雪はいつもより元気がないように見える。


「ありがとう古怒田さん。この花束大事にするね」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「じゃあ次、こっちの包みいきますか」
「うん。やけに大きいから気になってたんだ。開けてもいい?」
「どーぞどーぞ」


どきどきと心臓が嫌な音を立てる。何せじょうろなんてアイディアを出したのは私だ。これで「え、マジかよ」みたいな感じでドン引きされたら私は帰ってハンとジンのもふもふに顔を埋めて泣く。むしろすでに泣きそう。なんでもっと無難なものにしなかったんだと今さら後悔しても遅すぎる。

俯いたまま待つこと数秒。包みを開ける音はやんだのに幸村先輩の反応はない。やばいお腹痛い。絶対じょうろとかねえわって思ってる…そして幸村先輩のメールから考えて実際に言われる…。やばいお腹痛い。


「じょうろ…?」
「はい。それ佳澄のアイディアなんすよ」
「ああああの…!幸村先輩はガーデニングがお好きだと聞きまして!赤也の馬鹿が鉢植えなんぞ贈ったとも聞いたのでそれに使うのにいいかなーとか使わなくとも庭先に置いてインテリアとか鉢植え代わりにしてもらえばいいかなーと思いまして…!なんかすみません!」


いろいろ言い訳してみたが最後には居たたまれなくなって頭を下げた。もうこのままお暇しようと腰を浮かせると、なぜか両隣から肩を押え付けられて再び椅子へと逆戻り。もはや半べそである。


「ふふ、まさかブリティッシュウォーターポットだとは思わなかったなあ。人からじょうろを贈られるのは初めてだよ」
「なんかすみません…」
「どうして謝るんだい?すごく嬉しいのに」
「え、あ、なら、良かったです…?」
「うん。三人ともありがとう。花束も、じょうろも、スケッチブックも…それに千羽鶴やお守りも、本当にありがとう」


恐る恐る視線を上げると、予想以上に嬉しそうな顔をした幸村先輩と目が合った。その目にうっすらと涙が溜まっていることに気づいて思わず言葉を失う。どこか照れくさそうに視線を落として、大切そうにプレゼントを抱き締めて、抱えた花束と同じくらい綺麗な笑顔を浮かべる幸村先輩。本当に、見ているこっちが幸せになるような顔だ。

後輩想いだったり、怖がられたり、図太かったり、どうしてって言いたくなるくらい嬉しそうに笑ったり。結局、幸村先輩の謎は深まるばかりなのだった。




“嬉しい”の涙

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