私の一番
赤也の“つーわけで”の意味をなんとなく理解したのは煎餅クッキーを持っていつもの公園に着いたときだった。
「なんで丸井先輩と仁王先輩までいるんですか」
「俺はハンとジンに会いたかったから」
「マ、マジですか…!?今丸井先輩の株が急上昇しましたよ!」
「上がりどころがよう分からんのじゃが」
「いや、分かりやすいっすよ」
そうそう、赤也の言う通りだ。とりあえず私にとってはハンとジンが一番なのだということですよ。
先に公園で待っていたらしい赤也、丸井先輩、仁王先輩の周りには自慢か嫌味かと言いたくなる量のプレゼントの山があった。十中八九バレンタインでもらったものだろうが、包みの大きさや形状がバラバラなのでチョコ以外のものもあると思われる。というかなんで赤也までそんなにもらっているのか心底理解できない。
「義理…?」
「どんだけ同情されてんだよい」
「全部本命ナリ」
「え、いやいや赤也に限ってそれは」
「あるんだよ!ざまーみろ!」
腰に手を当てて威張る赤也。丸井先輩や仁王先輩には劣るものの、普通の男子中学生とは比にならないくらいの量がある。中身も外身も進歩はないとばっかり思っていたのに…世も末だな。
しかし、こんなにもらっているのなら私の煎餅クッキーも必要ないのではないか。未だに自慢話を続ける赤也、愛犬たちと戯れ始めた丸井先輩と仁王先輩を横目に私は一人クッキーをかじった。かなり固いがそこがいい。
「沙耶が男だったら丸井先輩たちにも負けない気がする」
「あー!何自分で食ってんだよ!…つーかマジでデケエ!」
「あははは!写メらせろ!」
「プリッ」
ばりぼりと本物の煎餅のごとくクッキーを食べていたら音に気づいた赤也がこちらを指差し、許可を出す前に丸井先輩と仁王先輩の携帯がシャッター音を鳴らした。すごく間抜け面だった気がするが辺りは暗いしどうせはっきりとは分からないだろうと気にしないことにした。
俺にも食わせろと騒ぐ赤也に別の煎餅クッキーを渡し、二人でばりぼりしながら先輩たちを改めて見る。そういえばお二人とも…というかテニス部の皆さんはとてもイケメンだった気がする。いまさらだな。
「先輩たちも食わないんすか?」
「俺はいい。チョコいっぱいもらったしな」
「俺も遠慮しておこうかの」
「そもそもあげるつもりないですけどね」
「もう一枚くれ」
「…半分な」
早速一枚食べ終えた赤也に、クッキーらしからぬ音を立てて割れた半分を手渡す。…そこで腹が減ったと言ってチョコを食べ始めた丸井先輩はどうでもいい。問題は仁王先輩の方だ。
「なんじゃ、気になる匂いでもするんか」
ハンとジンが…二匹そろって…仁王先輩の匂いを嗅いでいる…。ふんふんと興味津々な様子で匂いを嗅いでいたと思ったら甘えるように額を押しつけたり、鼻先で手のひらを押したり…。私がいるところで私以外の人間にそんなことをするのは初めてだ。ばきり。クッキーが音を立てて砕ける。
「おう、くすぐったいのう」
「なんで仁王にそんな懐いてんの?」
「許すまじ…」
「佳澄!顔ヤバい!」
「黙れワカメ!ハン!ジン!帰るよ!」
それまで仁王先輩に甘えていたハンとジンも、私が帰り支度を始めたらすぐにこちらに飛んできたのでささくれ立った心がすっと凪いでいく。仁王先輩にはまたプレゼント落とさないようにしてくださいねと嫌味を言って背を向け、私たちは帰路へとついたのだった。
仁王先輩は要注意人物。ハンとジンに近づけてはならないと固く誓った、バレンタインの夜のことである。
私の一番