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勘ぐらないでいただきたい


翌朝、教室といわず学校中が甘ったるい匂いに包まれていた。言わずもがな、チョコレートの香りである。基本的に携帯電話は暗黙の了解として大目に見てもらっているが、菓子類は完全にアウトだ。しかし、先生方も鬼ではない。今日という日が女の子たちにとってどれだけ大切かも知っている。


「いいか、学校の中と登下校中に食べるのは絶対になしだ。あと渡す前に諦めるのもなし。もし渡せずに持ってるチョコがあったら校則違反として先生が取り上げるからな。以上!精々男子は頑張れよ!」


なんとなくかっこいいフォローをしたかと思ったら最後に意地の悪い笑みを浮かべるあたり、うちの担任もなかなかイイ性格をしている。まあ、これで女子は大義名分が立ったのだから今日は告白合戦で決まりだろう。

同じ人間が二人といない以上、どこかで泣いてしまう子は出てくるかもしれないが、少しでも多くの女の子の恋が叶えばいいと思う。これはきっと、恋に興味のない私が口にしてはいけない願いだ。

そんな告白合戦とは無縁な私たちは早々に女の子同士の友チョコ交換を終え、鞄の中に残されたのは自分用の煎餅クッキーのみとなった。立海男子組のクッキーは深雪に託したので問題ない。はず。いや待てよ。


「…深雪、勘違いされないかな」
「何が?」
「あの三人の誰かが好きとか」
「あははは……笑えねー。ちょっと深雪に電話するわ」


引きつった笑いを浮かべた沙耶はすぐに携帯を取り出して深雪に電話をかけた。が、結論からすると一足遅かった。

確認のためにたっちゃん、幸弘、赤也の三人にもメールを送ってみたらすでに付き合っているのかと質問攻めにあっているらしく、私たちの分のチョコも見せて「深雪一人からじゃないし小学校が同じで仲がいいだけ」という弁明を繰り返しているところだという。更に誤解を招きそうな気がするのは私だけか。そうですか。

そもそも私たちは男三人女三人という数字からあらぬ誤解を招きやすかったりする。よくある幼馴染みをいつの間にか異性として見るようになって…なんて甘酸っぱい展開もない。それこそ腐れ縁のような、家族のような、一言では言い表せない関係なのに。


「というわけで別に私たちの中の誰も赤也と付き合ってないです」
『マジかよぃ』
『なんじゃつまらんのう』
「むしろ私たち三人とも恋愛に疎いというか関心がないというか…」
『え、それはそれでどうよ』
『初恋くらいないんか』
「ないです。というかなんですかこのガールズトーク」
『先輩たちいい加減携帯返してくださいよ!それ俺の携帯っすよ!』


昼休みにたっちゃんから、放課後すぐに幸弘から、ハンとジンの散歩中に赤也からお礼の電話がかかってきた。それぞれクッキーありがとう、今日は大変だったという内容だったのだが、赤也のチョコを何個もらったという自慢話を聞いている内に電話がスピーカーに切り替わった。電話口から聞こえてくるのは丸井先輩と(たぶん)仁王先輩のからかうような声。後ろの赤也がうるさいったらない。


『発信履歴がほとんどお前さんじゃったが』
「それはポケモンの話をしていただけです」
『んじゃなんでわざわざ他校の赤也に手作りのクッキーあげたんだ?』
「赤也たちはついでです。たっちゃん…友だちにお礼をかねて渡したかっただけなんで」
『ついでかよ!つーか深雪に写メ見せてもらったんだけどさ、俺あの煎餅みたいなクッキーの方がよかった』
「まだ何枚かあるけど」
『食う!』
「じゃあ後で公園に来い」
『なあお前らホントに付き合ってねえの?』
『だから付き合ってないって言ってるじゃないっすか』
『説得力がないぜよ』


どつき合いの喧嘩ならしたことありますけどね、とは口にしない。

それからしばらく電話の向こうだけで会話をしていて私は蚊帳の外になってしまった。相手が赤也だけならいつものように問答無用で切るが、先輩がいる以上それもできない。なのでハンとジンに構ってもらって向こうが切るのを律儀に待っている。あ、そろそろ首輪も買い替えた方がいいかな。


『…つーわけだから!七時に公園な!』
「は?ちょっと待っ…切りやがった」


たしかに切るのは待ってたけど、何も聞いてなかった私も悪いけど…。やむを得ず、つーわけだからの意味が分からないまま煎餅クッキーを取りに家へと引き返す私だった。




勘ぐらないでいただきたい

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