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いまだ見ぬ謎の先輩


私はカレンダーを見て絶望していた。二月一日。それすなわち冬の終わりが近いことを告げている。転じて死刑宣告にも似た絶望感をも突きつけてきているのだ。


「一月が終わった…どうして二月は二十八までしかないんだ…夏から三日くらい持って来れないの…」
「夏休みが減るから却下。どうせ三月入っても肌寒いんだから我慢しろ」
「ハンとジンがお散歩渋り始める…!」


わっと机に突っ伏すと沙耶が鬱陶しいと言いながら私の頭にチョップをかました。地味に痛い。

一月を過ぎてもまだまだ寒いことには変わりないが、突然やってくる春のような暖かさが私は恐ろしい。まさかこのまま夏が来るんじゃないかとドキッ!ヒヤッ!とさせられるからだ。…想像しただけで恐ろしい。


「冬を追いかける旅に出たい」
「桜前線から逃げる旅の間違いだろ」


今日の沙耶は妙に冷たい…と思ったが、その顔は仕方ないなとでも言いたげな優しい笑顔だったのでなんとなく恥ずかしくなって俯いた。沙耶さんマジかっけー。そんなふうにうだうだと昼休みの時間を過ごしていたときのこと。なぜか二人同時にポケットの中の携帯が震えた。そういえば二月は期末テストがあるし、勉強会のお誘いメールかもしれない。


「みゆきー…じゃない?赤也だ」
「あたしのは幸村先輩だ」


沙耶はなんだかんだ幸村先輩とのメールが続いている。幸村先輩は入院しているため、携帯を使うには所定の場所に移動しなければならないから頻繁には送られてこない。そのことを知っているからか、メール不精な沙耶もさすがに幸村先輩のメールだけはすぐに返信しているようだ。

対して、私に送られて来た赤也のメールはこの前と大差ない内容で思わずジト目になってしまった。


“柳先輩ポケモンマジつえーんだけど!やったことないっつってたのに!”


またポケモンかよ。というツッコミは置いておいて、なぜここで柳先輩の名前が出てくるのかが分からない。この前まで幸弘に勝てないと言っていたのはどこのどいつだ。メール作成画面を開き、なんで柳先輩とまでは打ったが電話の方が早いだろうとすぐにそちらへ切り替えた。


「もしもーし」
『うわ、メールかと思って出ちまった…!』
「うわじゃねーよ。なんで柳先輩?」
『あーなんだっけ…そうだ!佳澄が幸弘より頭のいい人っつーから柳先輩に聞いたんだった』
「柳先輩ってポケモンやるの?」
『俺が聞くまでやったことなかったって…あーちょっと待って。…なんすか丸井先輩!…え?佳澄っすけど…って、あ、ちょ!』


なんだか電話の向こう側が騒がしい。時間的に立海もお昼休みなのかもしれない。私立は給食じゃなくてお弁当らしいし、大方テニス部で集まって食べているのだろう。


『よう!この間振り!』
「あれ?丸井先輩ですか?お久しぶりです」
『この間はサンキューな!あれで弟たちもすっかり犬が好きになったみたいでよー、飼いたいってうるせえんだ』
「飼えばいいじゃないですか!犬はいいですよ!あ、でもシベリアン・ハスキーはあんまりおすすめできないです」
『え、なんで?』
「頑固だからしつけが大変なんですよ。運動量も普通の犬よりずっと多いですし」
『あー…なるほど。…っと、赤也がうるせえから替わるぜぃ』
『うるせーってなんすか!俺の携帯なんすからね!…で、どこまで話したっけ?』
「ごめん、こっちもう昼休み終わるから切るわ」
『はあ!?丸井先輩のせい、』


赤也が何かを言いかけていたが私に向けてではないようだったので途中で切った。沙耶は自分の携帯に視線を落としたまま赤也は相変わらずだなと笑っている。来年になっても再来年になっても赤也は“相変わらず”な気がすると言ったら、たしかに、と沙耶は口の端を吊り上げた。

昼休み終了五分前。メールを終えた沙耶は天井を仰いでため息を吐いた。どうしたのと聞くより先、幸村先輩にそれとなく誕生日プレゼントをせがまれたとこぼす。会ったこともない人に誕生日プレゼントをせがむとは。幸村先輩は意外と図太いのかもしれないと彼に対する認識を改めた。


「とりあえずお見舞いには行こうと思うけど…」
「千羽鶴もお守りもあげちゃったしね」
「んー…。誕生日くらい入院とか病気に関係ない普通のものあげたいんだよなー」
「好きなものとか聞いた?」
「ガーデニング。あと水彩画」
「…ごめん、うちのおばあちゃんと一緒とか思った」
「ばあちゃんと一緒にすんなや」


本日二回目のチョップいただきました。とりあえずガーデニングが好きらしいとは言え、入院している人に鉢植えはアウトなので水彩画関係で何を贈るか一緒に考えようということになった。

…ところで、幸村先輩の誕生日っていつですか。




いまだ見ぬ謎の先輩

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