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怖いのち好き


やってきました日曜日です。母とお昼を済ませ、スポーツウェアにマフラー、手袋、耳当てを装備。まだ幼いらしい丸井先輩の弟くんたちに合わせ、フリスビー以外にゴムボールを持って家を出る。向かう先は神奈川第三小学校。丸井兄弟との待ち合わせ場所だ。

途中、コンビニに立ち寄って差し入れ代わりのお菓子を購入し、いつもと違う散歩コースにうきうきしているハンとジンに思わずにやり。こんなに可愛いこの子たちを見れば弟くんもイチコロだろうと…思っていたのだが現実はそう甘くもなかった。


「に、にいちゃ…!」
「顔怖い!デカイ…!」
「写メで見るのと実物じゃあやっぱ迫力が違うからなー…ってことだから、あんま落ち込むなって」
「…落ち込んでないです。慣れてます。落ち込んでないです」


最初は良かったんだ。小学校の前で待っていた丸井兄弟は遠目にもすぐに私たちに気づいた。丸井先輩がよ、と軽く手を挙げて、目的の人物と分かると弟くんたちも嬉しそうな顔で駆け寄ってきてくれた。ただし、十メートル手前くらいまで。近くに来てハンとジンの顔を見るなりぴゃっと丸井先輩の後ろに隠れてしまったのだ。正直泣きたい。


「お前ら怖がってないで触ってみろ。吠えないし噛まないから」
「じゃあ兄ちゃんが先に触ってよ!」
「にいちゃ、かまれない…?」
「だから噛まないって」


腰に弟二人をくっつけた丸井先輩がハンとジンの頭に手を乗せる。今さらだけど弟くんたちの名前をまだ聞いていないことに気づいたが、まあ後で聞けばいいかと丸井先輩の旋毛を眺めた。

わしゃわしゃと豪快に撫でられ、ハンとジンが気持ちよさそうに目を細める。それを見た丸井兄弟の次男坊も恐る恐るといった様子で手を伸ばした。さすがにまだ怖いのか、触れたのは体の小さいハンの方。ちょん、と触れて、指先で撫でて、ゆっくりと手の平を乗せて。すぐにその手は引っ込められてしまったが、触ってもなんともなかったことに嬉しそうな顔をしてくれた。

こうなると問題は末っ子くんだ。五歳児にとって成犬は大きすぎるし、丸井先輩が触ってみろと言っても首を振って隠れてしまうばかり。先ほども言ったがこういうことには“慣れて”いる。丸井先輩に近くの公園まで案内してもらい、私は鞄からゴムボールを取り出した。


「ジン、いくよ」


フリスビーは広い場所がなければできないが、ゴムボールくらいなら家の中でも遊べる。ぽん、と軽く上に放り投げ、ジンがしなやかな筋肉をもって上手にキャッチする。すぐに私の手の平の上にボールを乗せると、褒めてと言わんばかりに尻尾を振った。昇天するのではと思うほど可愛い。


「じゃあ次は弟くんが投げて」
「ぼく?」
「そう。上にぽーんって投げるだけでいいから」
「うん」


犬に直接触れるわけではないし、ボールを上に投げるだけなら小さな子供でも難しくない。少し歪な軌道を描いて放られたボール。若干取りにくそうではあったものの、ハンはしっかりとその口にボールをくわえてキャッチしていた。


「すごい!じょうず!」
「でしょ?だからよくできたねって褒めてあげて」
「どうやって?」
「いいこいいこー、ってしてあげればいいから」
「う、うん…」


ボールを受け取り、反対側の手をそろりと伸ばす。ほんの少し触れただけで引っ込められた手を、丸井先輩が掴んで無理矢理ハンの頭の上に乗せたのには驚いた。手の平が何度か往復したところで丸井先輩が手を離し、末っ子くん一人で触って、いいこいいこと言いながら笑う。横目に見た丸井先輩はお兄ちゃんの顔をして笑っていた。

そんな末の弟の姿を見た次男坊はジンに歩み寄り、お前もいいこ!と言って頭を撫で始める。私はもう大丈夫だろうと判断して兄弟にゴムボールをひとつずつ渡し、丸井先輩と近くのベンチに腰を下ろした。


「飛川ってこういうの慣れてんの?」
「何回かやってますね、こういうの。いつもはディスクドッグ見せて一発なんですけど」
「ふーん。そういや俺、あいつらの名前教えたっけ?」
「まだ聞いてないです」
「ハンと遊んでるのが一番下の健太。ジンと遊んでるのが真ん中の信太な」
「…なんかやたら“ん”が多いんですけど」
「そういやそうだな」


ブン太、信太、健太、ハン、ジン。みごとにみんな“ん”のつく名前。音がややこしいからみんな“ん”を取ってしまおうかと思ったが、丸井先輩の名前が可哀想なことになるのでやめておいた。代わりに鼻で笑ったら頭をぶっ叩かれたので電話帳はブ太先輩で登録し直そうと思う。

何がともあれ、ハンとジンを好きになってもらえたようで良かったです。




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