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分からないことすら愛しい



一度吹っ切れると清々しいものだ。なんでもやってやろうという気になる。

奴をぎゃふんと言わせるにはメールや電話といった間接的なものではだめだろう。直接に限る。でなければぎゃふんと言わされた顔を見ることもできないわけだし、そもそもメールや電話は無視される可能性も高いのだし。

しかし、まずは仁王先輩の現状を知りたい。もし本当に風邪でも引いて寝込んでいるのであれば空振りもいいところ。となれば、同じクラスのあの人に聞くのが手っ取り早いだろうか。


「もしもし、飛川です」
『おう、珍しいじゃん。飛川から電話とか』
「まあ。ちょっとお尋ねしたいことがありまして」
『お尋ねしたいこと?』
「はい。仁王先輩って学校に来てますか?」
『普通に来てるけ、ど……ああ、なんとなく読めた。つーか柳…そういうことか、なるほどなあ』


なんなんだこの人。

深く考えるより行動あるのみと丸井先輩に電話をしてみれば、欲しい答えはもらえたがそれより大きな謎が増える結果になった。柳先輩がどうのと言いつつ一人で勝手に納得している。おまけに「すっきりした」と言うなり電話を切ろうとするのだから尚のこと質が悪い。そんな一方的に切られてたまるか。


「ちょっと!何一人で納得してるんですか!」
『えー、教えない』
「はあ!?」
『代わりに面白いこと教えてやるから、それでいいだろい?』


絶対に電話の向こうでウインクをしている。断言できる。こちらにまで飛んできそうな鬱陶しい気配を手の平で払い飛ばし、いいも悪いも意味が分からないと不機嫌な声を返す。しかしそこはさすが丸井先輩。露ほども気にした素振りは見せずに勝手に喋りだしたではないか。これが赤也だったらムキになって説明してくれるのに、勝手が違うと不便である。


『いいか?まず、仁王はモテる』
「え、あの性格で?」
『それ言うなって。えーっと、ほんでよく告られてた』
「…はあ」
『俺もそうだけど、前は部活に集中したいからっつって断ってたんだよな』
「さり気なく自慢しないでください」
『バレた?』
「当たり前です」


なんなんだこの人。段々と苛立ちが募り、一定のリズムを取って机を叩いていた人差し指を強く握り込む。ばきりと鳴った音は電話の向こうにも聞こえたのか、丸井先輩は焦ったように「ここからが本題だから!」と言い訳じみた言葉を口にした。しょーもないことだったら登録名を丸いブタにしてやる。


「で、なんですか」
『さっきの断り文句は引退した今は使えないんだよ。で、前にどうやって断ってるのか聞いたことがあるんだけど』


誰とも付き合う気はない。

それが仁王先輩の答えだったのだという。何がいいことを教えてやる、だ。面白くもなんともない上に私にとってはマイナスの情報でしかない。やはり丸井先輩に電話をかけたのは間違いだったか。


「さようなら」
『待て待て待て!まだ終わってねえって!』
「しつこい男は嫌われますよ。さようなら」
『話聞かねえ女も嫌われる…じゃねえや、いいからあと五分黙って聞け!』
「…手短にお願いします」


そんなに話したいことなのか、丸井先輩はなかなか引き下がろうとしない。このまま押し問答をすればするだけ通話料金は上がっていく。それはいかん。母の雷には当たりたくない。

ここは大人しく黙って聞くのが得策と判断した私は、電源ボタンにかけていた指を渋々外した。


『いいか、さっきの話を聞いたのが先々月くらいだ』
「はあ」
『で、昨日仁王に告った女子がいた』
「見たんですか」
『クラスの女子が話してたのが聞こえたんだよ』
「はあ」
『仁王の奴、“すまん”とだけ言って逃げたらしいぜ』


逃げたって、情けない。それが最初に浮かんだ感想。しかし丸井先輩の長ったらしい前振りと合わせて考えて、徐々に顔が熱くなるのが分かった。

普通に考えれば、何か心境の変化があったのだと察しがつく。なら、その心境の変化とは何か。行き着く先の答えに耐え切れず、私は額を抑えてうずくまった。


『柳が何か突ついたらしいからなあ?』
「はああ…聞かなきゃ良かった」
『聞いて良かったの間違いだろい』
「…まあ、学校に行ってるってことは分かったんで、一応ありがとうございます」
『一応は余計だっつの』


楽しそうに上擦る声を隠そうともせず、丸井先輩は電話越しにけらけらと笑った。そして最後に、何かあれば協力してやると言い残して通話は終了。私は通話時間の表示される画面を見ながら深い深い溜め息をつく。なんだこの妙な疲労感は。やっぱりかけるんじゃなかった。

もうじき、期末テストが始まる。今度はいつもの六人で集まる予定だ。そうしたら、場違いな話にはなるが沙耶と深雪に相談してみよう。今のままではきっと、私は仁王先輩に会うことすらできない。煙に撒かれて、うやむやにされて、ずっと時間が経った頃にハンとジンにだけ会いに来る。そんな気がする。


「伊達にいつも一緒にいたわけじゃない」


まだだ。引き下がるには早過ぎる。奴に振り回されるのはすでに慣れっこ。そう考えればずっと気が楽になる。

遊んで欲しいのか、ハンとジンがお気に入りのボールをくわえて私のところへとやって来た。もうこれだけで勇気百倍。あの白髪野郎もぶっ飛ばせそうな気になってくる。ハンとジン。それは私の最愛の家族であり、仁王先輩に対する最強のカードでもある。

私は忘れていない。十二月四日、仁王先輩の誕生日。その日に血の涙を飲んでハンとジンの一日独占権を譲る約束をしたことを。しかしなんでそんな約束をしてしまったのか、毎日のように後悔してもまだ足りない。それ以外に仁王先輩の喜びそうなものが全く思いつかなかったこの頭を呪うしかないのだろうか。世知辛い。

…伊達にいつも一緒にいたわけじゃない、だなんてよく言えたものだ。結局、あの人のことは未だによく分からないというのに。しかし、それが自分らしさだと答えた奴の言葉を鵜呑みにしている辺り、私もいろいろ毒されているようだ。

無理に分かろうとしなくていい。結局は、そういうことなんだろう。




分からないことすら愛しい

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