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戦いの誓い



案の定、戻ってすぐに顔が赤いと突っ込まれたが、急いで戻ってきたからだと言って誤魔化し通した。

それから、仁王先輩に会うことはなかった。お昼すぎには深雪たち立海組が来て、担当の時間を終えた私と沙耶も一緒に校内を回っていたのだが、たまに他の先輩を見かけても仁王先輩だけはちらりとも姿を現さなかった。もしかしたらもう帰ったのかもしれないし、あの言葉の意味が…そうだとしたら、逃げているのかもしれない。

結局最後まで見つけられないまま片付けの時間が来てしまい、どうにも煮え切らない気持ちを抱える羽目になった。知るのは怖い。が、どちらの答えにしても確証が欲しい。


(私が逃げたあと、なんか聞いたりしてないかな)


思いついて、飾りを剥がす手が止まる。明日香ちゃんはまだ教室に戻ってきていない。恐らく展示室の撤収作業をしているのだろう。さすがに今抜け出すわけにはいかないから、さっさとこちらの片付けを終わらせて向こうを手伝いに行くべきか。それならばと意気込んでせっせと片付けに励んでいると、ほとんど間をおかずに明日香ちゃんは現れた。


「佳澄ー。写真なんだけどさあ」
「え、明日香ちゃん早くない?」
「ん?ああ、だって隣の教室に運び込むだけだし。お金は先輩らが計算するから戻っていいって言われたんだよね」
「さいですか」


急いでこの飾りたちを片付けようと意気込んだところに現れ、ちょうどいいと言えばちょうどいいが勢いが削がれてしまって逆に言い出しにくい状況に。できれば私が展示室へ乗り込む形にしたかった。


「あれ、私何言おうとしてたんだっけ」
「写真がどうとか」
「そうそう!写真!仁王さん?に一枚取られちゃったんですよー」
「なんっ…げ!塗装剥がれた!」
「あーあ。ポスカで誤魔化せ!」


毎度毎度、明日香ちゃんの不意打ちはどうにかならないものか。その辺に転がっていたポスカで剥がれた部分を塗り直しながら溜め息をつく。いつもわざととしか思えないタイミングでとんでもないものを落としていく。私のノミの心臓が跳ね回って可哀想なことになるのでほどほどにしてはくれないものか。なんて言った日には更に酷くなることは目に見えているので絶対に口にしてはいけない。

塗り直した箇所が乾いたことを確認し、色が不自然に浮いているがまあいいだろうと及第点を出す。私はなるべく平静を装って次の言葉を促した。


「で、どの写真取られたの?」
「佳澄とー、仁王さんとハンとジンと四人で写ってるやつ。後ろ姿の」
「ああ、あれか」
「モデル料代わりにもらってええかって聞かれてどうぞーって渡しちゃったんだけど」
「撮ったの明日香ちゃんだし、私はどっちでもいいよ」


これは普通に考えれば、仁王先輩がハンとジンと写っている写真が欲しかっただけだととれる。もし、と邪推するならば…いや、これ以上は言葉にするのも恥ずかしい。やめよう。今顔が赤くなってしまっても言い訳できる気がしない。


「仁王先輩、ハンとジンと写ってる写真持ってなかったからね」
「ふーん?」
「…その顔うざい」
「ひっどーい。せっかく焼き増ししてあげようと思ったのに」
「いっ、いらないし」
「ホントに?」
「…その顔うざい」
「素直じゃないんだからあ!」
「いっだ!」


最後には派手に背中をどつかれた。ついでに自分の分の片付けを終えたらしい沙耶が下から箒で突いてきて、遊んでないで早く終わらせろと怒られた。違う、私は悪くない。こいつが悪い。と抗議しようとしたら明日香ちゃんも似たようなことを言っているではないか。そして二人一緒に怒られた。解せぬ。


斯くして、私にとって嵐のような文化祭は幕を閉じたのであった。だが勘違いしてはならない。文化祭は幕を閉じても私の中の嵐はまだ過ぎ去っていないのだ。煮え切らない。それが苛立ちに変わるのにそう時間はかからなかった。

仁王先輩がハンとジンにも会いに来ない。

五日。文化祭が終わってから五日が過ぎた。最初は漠然とした不安があった。あの言葉の意味どうこう以前に、何か別の理由で怒らせたか嫌われたかしたのかもしれないと思ったのだ。私が仁王先輩相手に駆け引きだなんて百年早いとでも笑われそうだが、直接会って反応を見れば何か分かることもあるだろうと思っていたのに。のに…。


「あの白髪野郎…メールも無視か」


それとなく、遠回しに、風邪でも引いたんですか珍しい、と送ったメールへの返信はいつまで経っても来なかった。ここまで無視されるといよいよ嫌われたのかという気がしてくる。浮かれた気持ちはすっかり鳴りを潜め、代わりに沈んだ気持ちはいつの間にか怒りへと姿を変えた。やってやる、一泡吹かせてやる。冬の到来と相まって持て余し気味のエネルギーはひとまずディスクドッグへ回し、多少頭が落ち着いたところで何をするべきかを考える。

もう、この気持を伝えよう。腹が立ったって、何をしたって、私があの人のことを好きなのに変わりはない。癪だけど。認めたくないけど。だけど、これが一番仁王先輩をぎゃふんと言わせてやれるような気がする。

今に見てろ。何事においても、覚悟を決めた人間は強いんだ。




戦いの誓い

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