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雲行きはあやしく



「俺、男として負けた気がする」
「まあ実際負けてるよね」
「くっそうらやましいんですけど!」
「それが本音か」


本日は文化祭初日。最初はいまいちだったお客さんの入り具合も今はそこそこの行列ができるまでになった。それも女子ばかり。まあ原因は沙耶なのだが、女子ウケを狙ってびしっとセットされた髪型が拍車をかけたようだ。そして「あれ?だれだれくん意外とかっこいいんじゃない?」という淡い展開を期待していた男子たちの淡い希望は淡いままに終わったのである。哀れなり。

このままでは尊厳がうんぬんと言い出した男子たちが結託し、フリーマーケットを開いていたクラスでふりふりのスカートを購入してきた。どうしても沙耶の男装を崩したいらしい。しかしふりふりスカート片手に戻ってきた途端、女子からはブーイングが飛んで男子はたじたじ。哀れなり。あまりにも不憫なので私は助け舟を出すことにした。


「じゃあさ、ダーツ勝負して負けた方がスカート穿けば?」
「いいなそれ!藍田!負けたら絶対あれ穿けよ!」
「負けたらあんたが穿くんだよ、あれ」
「負けねえし!」


と、息巻く男子だったがあっさり沙耶に負けた。そして黒シャツにふりふりのスカート、慈悲で体操服のハーフパンツという出で立ちで接客をする羽目に。最後にもう一度言う。哀れなり。


とまあ、私と沙耶のシフトはそんな感じで終わり、沙耶も負けた男子も宣伝を兼ねてそのままの格好で校内を回ることになった。出店系はもちろん行きたいが、それより先に確認したい…いや、確認しなければならないものが私にはある。


「ねえ沙耶、先に写真部の展示行ってもいい?」
「いいよ。特別棟?」
「うん。写真部の横の空き教室」


実は未だにどの写真を大判にしたのか教えてもらっていなかったのだ。一枚は私自身が選んだので分かるが、明日香ちゃんが選んだもう一枚がまったく分からない。見せてもらった候補の中には入っていないはずだし、写真は本当に何百枚と撮ったので見当もつかない。自分で見るのは恥ずかしいが、やはり気になるものは気になる。だから意を決して、晒しものにされているであろう自分の写真を見に行くことにした。

廊下を歩くと、学校全体が浮かれているのがよく分かる。私自身だってそうだ。いつもの場所がいつもと違う顔になる、この空気感がなんとも言えない。通り過ぎたクラスのそこかしこからはしゃぐ声が聞こえた。特別棟と校舎を繋ぐ渡り廊下の辺りは少し人気が少なかったが、写真部の展示室近くはまた人だかりができていた。


「お、飛川たちも写真見に来たのか?」


そう言って声をかけてきたのは友井だ。友井は沙耶を見て似合いすぎだろと笑っている。私もそう思う。写真部は体育祭の写真の販売も担当しているからきっとそれ目当てで来ていたのだろう。後ろから来た友井の友達が注文票らしきものを持っていたから間違いない。

私も友達と写っている変な顔じゃない写真があったら買いたいなあとぼんやり考えていると、沙耶と話していた友井が急にこちらを向いて意味深に笑った。


「にしてもお前、ああいう顔もするんだな」
「は?」
「俺はいい写真だと思うぞー。内藤も自信作だって言ってたし」
「いや話が読めないよ友井」
「まあ見れば分かるだろ。じゃーなー友井」
「おう、後でお前らのクラス行くわ」


ひらひらと手を振って友井が去って行く。そして私は沙耶に背中を押されるようにして展示室へと転がり込んだ。

展示室は、手前の四分の一ほどが体育祭の写真の受付になっていた。写真自体は廊下にあり、注文票に写真の番号と枚数、クラス、氏名などを書いて渡し、後日現像したものを受け取るシステムだ。そして残り四分の三の展示スペースとの間には仕切りがある。


「あ!佳澄たち来てくれたんだ!なんか買う?」
「たぶん。あとでゆっくり見て買うね」
「そっちの展示スペース、勝手に入って大丈夫だから見てって!」
「明日香の写真はどこら?」
「すぐ分かるよ。むふ」


なんだ最後の笑いは。背筋が妙に冷えるのを感じながら、恐る恐る仕切りの向こう側を覗きこんだ。

瞬間、頭が真っ白になった。


「おい、早く入れって。あたしが見れないじゃん」
「いや、待って、なんで、うそ、ちょっと、ま、」
「はあ?」
「明日香ちゃん!!明日香ちゃん!!」
「感想は全部見てからのみ受け付けまーす」
「ちょっとおお!!」


青空、草花、鳥、海、電車、道路。そんな写真が並ぶ中で、人物写真は一際目立っていた。一枚はたしかに私が選んだ鋭い横顔の写真だ。大判にして飾られるとまた違った迫力があり、恥ずかしさの中にも誇らしさのようなものが浮かんでくる。それはいい。問題はもう一枚の写真の方だ。

ハンとジンの間に座る私。空は青く、風が吹いたのか、髪が少しなびいている。ハンは私の髪を鼻先ですくうようにして遊び、ジンは撫でてもらおうと頭を押し付けてきている。

そして、私は、泣いていた。

目を真っ赤にして、ぼろぼろと涙をこぼしている。頬を伝い、顎先から落ちた雫が風に流されるさままではっきりと分かる。そのくせ細められた目と緩んだ口元のせいで悲壮感はない。むしろ温かいとさえ感じる。いつの間にこんな写真を撮ったのか、どうして私がこんな顔をしているのか、混乱する頭では答えを出せなかった。


「明日香ちゃん…本当に…いつの間にこんな…」
「すげえな、なんか」
「ああ…泣き顔こんな…でっかく…ああ…」
「いい写真じゃん。明日香も佳澄もちょっと見直した。特に明日香」
「うおお…恥ずかし過ぎるこれ…」
「たしかポストカードあるんだよな、これの」
「勘弁してくれ!!」


もはや涙目である。仕切りの向こうから覗き見していた明日香ちゃんはまたいやらしい笑みを浮かべて「ポストカードの販売は受付にて承っておりまーす」と上ずりがちな声で残していった。が、すぐに追いかけて胸倉を掴んでやった。こいつだから今まで私にずっと黙ってたな!


「いやん」
「恥ずかしいじゃん!あれ!」
「ポストカードの売上三位ですわ」
「おいお前ふざけんなよ!」
「いいことですわー」
「ぐえっ」


無抵抗でいたと思ったらピンポイントでへそを人差し指で突かれて胸倉を掴んでいた手が緩んでしまった。明日は仁王先輩たちが来るのに、仁王先輩には写真のこともバレているのに、あんな泣き顔の写真を見られでもしたらと思うと…。


「やっぱふざけんな!!」
「いたたたた!ごめんって!次はちゃんと先に言うから!」
「もうやらねえよ!!」


どうしよう。明日の文化祭、本当に来たくない。




雲行きはあやしく

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