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お前だけじゃないんだよ


人間版シベリアン・ハスキーとの遭遇から数日。期末テストへ向けた勉強会の日程を決めようと、立海の深雪に電話をかけた昼休み。こちらの候補日を伝え、あとはたっちゃんたち男子陣に部活の日程等を確認してまたかけ直してもらうことになった。しかし、放課後に電話をかけてきたのは深雪でもたっちゃんでもなく、幸弘だった。


「なんで幸弘?」
『いろいろ端折ると赤也と同じクラスだからって感じ』
「端折りすぎて分かんない」
『あー…まあ、順に説明するから。沙耶もいるか?』
「沙耶は部活。終わるのは六時過ぎると思うけど」
『そっか。じゃあ沙耶には終わった頃電話するわ』


おかしい。電話越しで分かりづらいとはいえ、妙に覇気がない。そのまま指摘すれば幸弘はやっぱり分かるかと言って笑った。でもいつものケラケラした笑い方ではなく、どことなく元気のない笑い方で。きっと大事な話なんだろうと思った私は、幸弘が話し始めるのをじっと待った。


『はあ…どっから話せばいいんだろうな』
「…ゆっくりでいいよ」
『ん。…あのさ、幸村精市って人覚えてるか?たぶん、前回の勉強会のお礼メールが沙耶に行ってるはずなんだけど』
「あ?…ああ、なんとなくは」


だけどどうして今その人の名前が出てくるのか。幸弘が言うに、幸村さんは赤也の部活の先輩で、プレイ中は怖いけど赤也の(主に頭の具合を)気にかけてくれている良い先輩なんだそうだ。それは件のメールの一件で私自身もなんとなく分かっている。ならばどうして、その人の名前が出たのか。幸弘はしばらく黙り込んだのち、重い口調でこう言った。


『幸村先輩…入院したんだ』
「入院…?」
『ギランバレー症候群に似た病気、らしいんだけど…俺も詳しいことは分からなくて、でもかなり重い病気みたいで、赤也もすっかり参っちゃってて…』
「ちょっと待って。幸弘、今日部活は?」
『今日はオフだけど…』
「よし、私んち来て。直接聞くから」
『…はは、うん。その方が俺も助かるわ』


事の重大さをなんとなく察した私はそう言って電話を切った。ギランバレー症候群。どういう病気か知らないけど、入院しなければならないような病気で、あの赤也が落ち込むような病気で、きっと…命に関わるような病気なんだ。電話で済ませられるような話題じゃない。

幸村先輩のことは全くと言っていいほど知らない。だけど名前は知っているから知り合いくらいにはなる、はず。会ったことないから微妙な気もするけど真っ赤な赤な他人ではない、はず。…微妙すぎる。とりあえず赤也の大事な先輩の一大事なんだから、私の頭の中がぐっちゃぐちゃになるのも道理というものだ。

私は急いで家へ帰って幸弘が来るのを待った。いつもならすぐに散歩に行くのに、しかめっ面で携帯を睨みつける私を見て母は誰が来るの?とだけ聞いてきた。幸弘、と簡潔に答えれば、ふーんと大して興味もなさそうな返事が返ってくる。膝の上に頭を乗せたハンとジンは、上目遣いにこちらを窺っている。ごめんね、今日はお散歩に行けそうにない。

ピンポン、とベルの音。玄関を開ければ暗い表情をした幸弘の姿。母にホットミルクを頼んで私の部屋へ通し、座れと言ってクッションを投げる。幸弘はクッションに顔を埋めてその場に座り込んだ。


「ばーか。また一人で抱え込んでやんの」
「うる、せ…」
「涙もろいくせに」
「…んなことねーし」
「その幸村先輩はなんて言ってたの」
「ぜ、ぜったい、治して、もどってくるって…」


感極まったのか、鼻をすすって泣き始めた幸弘からクッションを取り上げてティッシュを押し付ける。幸弘はサッカー部だからテニス部である幸村先輩とは直接的な関わりはない。だけど間に赤也が入れば…いや、たぶん入らなくてもこいつは馬鹿みたいに抱え込むんだ。馬鹿がつくほどのお人好し。だから憎めない。


「佳澄ー。ホットミルク持ってきてやったわよ」
「どーも」
「幸弘くんの分も晩ご飯作る?」
「うん。たぶん長くなるから」
「あんたも後で手伝いなさいよ」
「へーい」


母と気のないやりとりを済ませ、テーブルの上にホットミルクを置く。思い出し泣きしているらしい幸弘に無理矢理飲ませたら、しゃくり上げながらも続きを話し出した。

幸村先輩は必ず病気を治して戻ってくると言ったらしい。それに対してテニス部は、幸村先輩がいない間も勝ち続けて待つと言ったらしい。俺たちとほとんど年も変わらないのにどうして幸村先輩が。才能もあって、テニスが好きで、仲間もいて、みんな楽しそうにプレイしていたのに。どうして、なんで。繰り返される疑問の言葉がぎりぎりと胸を締めつける。


「病気っていうのはそういうもんだよ」
「うっ、うう…佳澄のばかあ!」
「……。幸村先輩が絶対治すって言ってるのに外野の幸弘がいつまでもメソメソしない」
「だって、治るかわかんねえって…」
「治るったら治る」
「うそだあ…」
「じゃあ治らないの?」
「…ばーか!佳澄のばーか!治るに決まってんじゃねーか!」


馬鹿はどっちだ。目も鼻も真っ赤にした友人に新しいティッシュを押し付け、腹いせに頭を叩いてやった。あんたが元気ないって、赤也も心配してメールしてきてるってことをいつ教えてやろうか。



お前だけじゃないんだよ

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