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いらぬ心配



何もないったら何もないで押し通し、丸井先輩とジャッカル先輩を追い返してすぐ仁王先輩に電話をかけた。


『なんの用じゃ』
「貴様を口封じのために始末しなけ」
『切る』
「冗談です。あの件なんですが、ちょっとお口チャックしてて欲しいなと思いまして」
『ほう?』


奴の声のトーンが不自然に上がり、早くも行動を起こすべきではなかったと後悔しそうになる。だがしかし、リスクを犯してでも口止めをしなければ被害はいらんところまで拡大されてしまうのだ。多少の見返りを求められることは覚悟の上。頑張れ私、ここで挫けてしまえば全てが水泡に帰してしまう。


「写真のことは黙っててください。特に丸井先輩と赤也には」
『どうするかのう。ただで、というのもおかしな話だとは思わんか?』
「んのやろ…。あーもーなんですか、何がお望みですか白髪野郎さま」
『ハンとジン』
「私に死ねと」
『別にずっととは言うとらんきに。一日でええ』
「うう…タイム」


とりあえず一旦通話を切った。頭を抱えてうなり始めた私に雅樹が訝しげな目を向けている。

今度は何?
お前の兄ちゃんだよ。
ああ、なるほど…。

どこか遠い目をする雅樹は力なく私の肩を叩いた。仁王先輩、弟にまでそういう面倒臭い認識をされているのか。どうせ家でもからかって遊んでいるのだろう。これに関しては私もあまり人のことを言えないが。

さて、ハンとジンを寄越せとのこの要求はどうあしらうべきか。写真で誤魔化すのは…なしだろうな。恐らく倍返しにされる。これからテスト前だからその間、散歩に行ってもらうくらいなら…いや待て、その勉強の合間にハンとジンと遊んでこそ勉強自体もはかどるというものだ。却下だ却下。

あーでもないこーでもないと逃げ道探して悩み続け、スケジュール帳とにらめっこ。そういえば奴はまだ撮影が終了したことを知らないはずだ。となるとそれを利用して十一月の頭くらいまでは引っ張れる。その後は二者面談に期末テスト、だと…。


「十二月までなんだかんだずっと忙しいじゃん…」
「あ、ここ、兄ちゃんの誕生日だよ」
「え?」
「十二月四日」
「ほ、ほう」


ここ、と言って雅樹が指差した先、十二月四日の位置をじっと見つめる。誕生日なんて知らなかった。そういえば去年の冬に初めて見かけたんだったか。

紙袋いっぱいのプレゼント。落ちたそれを拾い上げて、呼び止めて。振り返った瞬間、かち合った目を見たときの衝撃ときたら。今の私がその場に居合わせたなら「あちゃー」と額に手を当てて項垂れるに違いない。何せ第一印象が“あれ”だったのだから。

久しぶりに会うからか、妙に私にくっついていたがる雅樹を少しの間だけ離して、もう一度仁王先輩に電話をかけた。


「もしもし、さっきの続きなんですが」
『時間かかり過ぎじゃろ』
「こっちにもいろいろ都合ってもんがあるんですよ」
『まあ、大目に見てやるか。で、どうなったんじゃ』


かちり、かちり。暇を持て余した手でボールペンのノックを意味もなく押しながら“誕生日”というキーワードを口に出す。プレゼントなんて何も考えていなかったしそもそも誕生日自体今知ったばかりだが、祝いたいという気持ちがないわけではない。

当然、ひねくれた私がそんなことを素直に言えるはずもなく。続いて出たのは「その日なら妥協してやらないこともない」という可愛げもへったくれもない言葉。我ながら、本当にこいつが好きなのかと疑いたくなる。


『誕生日…』
「十二月四日でしょう?さっき雅樹に聞きました」
『雅樹とおるんか』
「まあ。…あ、やべ」


口が滑った。あ、やべ、まで声に出してしまったので奴は全て理解してしまったはず。撮影は終わり、私がハンとジンを独り占めにしているということを。正確には今現在、野に放たれた鹿の如くちびっこに混じって駆け回っているので独り占めにはしていないが、まあそれは置いておいて。

察しのいい仁王先輩は「今から行く」とだけ残してさっさと通話を切ってしまった。


「兄ちゃんこれから来るってさ」
「げっ!」
「なんで雅樹が“げっ!”なのさ。私の方が“げっ!”なのに」
「…俺、立海の受験近いから勉強しろって言われてる…」
「あーあ。いーけないんだーいけないんだー。仁王先輩に言っちゃーおー」
「帰る!」
「させるか!」


頬をつつく私の手を払ったと思ったら見事なスタートダッシュを切った雅樹。甘い、甘すぎるよ。私は逃がすまいとすぐさま後を追い、駆け回っていたちびっこに向かって「囲めー!」と勇ましく叫んだ。するとどうだ、わけが分からなくとも素直に応と返事をし、雅樹の前に立ちはだかったではないか。実に素晴らしい連携プレイである。


「つっかまーえたー」
「さいっあく!佳澄姉ちゃんさいてー!」
「なにその浮気された女みたいなの」
「うるせえ!兄ちゃん怒るとマジで怖いんだからな!」
「想像はつくけど」
「じゃあ離せよ!」


雅樹にしては珍しく必死の抵抗だ。さすがに拳を繰り出されてはまずいので、上半身を抱えてジャイアントスイングの要領で振り回しておいた。結果、一緒に芝の上に倒れ込んだ。とりあえず雅樹は私が無理に呼び出したことにするからとなだめて収め、今のもう一回やってと群がるちびっこには一撃必殺だからもう出せないと言って断った。これ以上やったら私の腰がご臨終してしまう。

それから二十分ほど経った頃だろうか。少しばかし息を切らせた仁王先輩が公園の入口に現れた。そして真っ先にハンとジンの名前を呼んでそちらへ駆け寄り、ほったらかしにされていたフリスビーを取って勝手に遊び始めた。勝手知ったるなんとやら…ではないな。この人には遠慮なんて可愛らしいものは最初からこれっぽっちもなかった。


「兄ちゃんあんなんだし、怒られないんじゃない?」
「俺もなんかそんな気がしてきた」
「面倒臭いお兄ちゃん持って大変だねえ」
「それ丸井さんとかにも言われた」
「みんな思うことは同じか」


ひるがえる冬色の尻尾が三つ。ここはいつでも平和だ。




いらぬ心配

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