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突つき過ぎにご注意を



「佳澄姉ちゃんの文化祭っていつ?俺も行ける?」
「なんで雅樹がそれ知ってんの」
「兄ちゃんがなんか面白いもんが見れるからって」
「ふーん…。文化祭ね、うん、十二月の終わりくらいかな」


陽のある内に緑地公園へやって来るのは久しぶりだ。そこでは前と変わらずちびっこたちが元気に駆け回っていて、しばらく会っていなかった雅樹の姿もあった。しかし開口一番、冒頭のようなことを言い出すので思わず嘘をついてしまったという次第。すぐにバレて膝カックンされたが。雅樹よ、せっかく久しぶりに会うというのにこの仕打ちか。

嫌がらせに雅樹の意外と柔らかい頬を突ついてやれば、ちょっと鬱陶しそうな顔をしつつもされるがままになっている。雅樹はこの辺の素直さがやっぱり可愛いなあと思う。あと祥平、遊んで欲しいのは分かったからお前は服を引っ張るな。

今日はだいぶ涼しいはずなのに、祥平の額にはうっすらどころではない量の汗が浮かんでいる。そしてハンとジンのリードを外すなり一人で勝手に追いかけっこを始めてしまった。まあうちの子たちもこれには慣れっこだし、別にいいかとその背中を見送ってベンチへと向かおうとした先、赤毛とスキンヘッドの姿が視界に飛び込んできた。


「おー、やっとタイミング合った!」
「久しぶり。祭り以来だな」


そう、丸井先輩とジャッカル先輩である。制服姿にラケットバッグを背負った二人は、ひらりと手を振りながらこちらへとやって来た。どうして先輩たちがここにいるのだろうか。それに丸井先輩の“やっとタイミングが合った”という言葉も引っかかる。


「お久しぶりです。丸井先輩太りました?」
「お前ふざけんなよ。太ってねえっつーの」
「はは、この間の土産、ありがとうな。親も美味いって喜んでた」
「あ、なら良かったです。買ってきた甲斐がありました」
「おいこら!腹筋見せるぞてめえ!」
「露出狂なら相手になりますよ!」


見ちゃダメ、とわざとらしく雅樹の目を後ろから両手で隠しながら、どすどすと地団駄を踏む丸井先輩を見て思わず吹き出してしまった。あれだな、漫画の効果音のような文字をそっと足元に添えてあげたくなる光景だ。言ったらもっと怒るから言わないけど。…と、横道にそれるのはこの辺にして、そろそろ本題に入ろう。


「で、私に何か用でもありました?」
「あったあった。最近仁王の奴が付き合い良いから、お前らなんかあったのかと思ったんだよ」
「ワッツ?」


何かってなんだ。しかもその考えに至った理由が付き合いがいいからって。矛盾してやいないだろうか。まさか恋愛うんぬんが幸村先輩を通じてこの二人にまで飛び火したのではと考えると背筋が冷たくなる。

いや待て、丸井先輩のこれはからかおうとしている顔ではない。だから違う。ジャッカル先輩は…恐らく無理矢理連れて来られただけだ。となるといよいよ何を聞きたいのか分からない。


「別に何もないですけど」
「嘘ついてねえ?」
「どっかの誰かさんじゃあるまいし」
「ブン太、ちゃんと説明しないと分からないだろ」
「んー、まあそれもそうだな」


いつものように風船ガムを膨らませ、片手をポケットに突っ込んだ丸井先輩は空いた方の手でベンチを指さした。子供らしからず空気を読んだ雅樹は祥平の元へと駆け出し、私は別にいても良かったのにと口を尖らせる。しばらく会えていなかったから少しでも構い倒したい気分だったのに、残念だ。

ベンチに右から私、丸井先輩、ジャッカル先輩の順番で腰を下ろし、なぜか改まった雰囲気で話は再開された。


「最後に仁王と会ったのっていつだ?」
「え、先週の…日曜日?」
「その前は」
「ええ…覚えてないですけど」
「おかしいだろい!」
「何が!?」


一人で勝手にヒートアップし始めた丸井先輩を、隣に座るジャッカル先輩がどうどうとなだめる。もう丸井先輩の聞きたいことが分からない。助けを求めてジャッカル先輩へ視線を投げれば、お人好しなこの人は困ったように笑いながらも事情を教えてくれた。


「ほら、前まで仁王の奴、ハンとジンに会うからってすぐ帰ることが多かったんだよ」
「そうそう!俺らは夏で引退したし、飛川は部活入ってねえし、そうなったら直帰するだろうと思ってたのに!」
「今は部活にもよく顔を出しててな、帰りもよく俺たちの買い食いに付き合ってるからお前らの間に何かあったんじゃないのかって話になったんだ」


で、実際のところはどうなんだよとでも言わんばかりに、丸井先輩のじと目が私を捉える。何やら気にかけてくれているようなのはありがたいが、別に私たちの間にトラブルは起こっていない。仁王先輩が真っ直ぐ我が家へ来なかったのは撮影でハンもジンもいないと知っていたから。たったそれだけのことだ。

が、しかし。これを説明するとなると大いに問題だ。私もハンもジンも家にいないと知っていたから来なかった、ならばなぜ私たちはいなかったのか。それは学校で写真を撮っていたから。じゃあその写真とはなんだ。…こういう流れになることは目に見えている。

万が一、文化祭で写真が展示されるんですなんて言ってみろ。この人たちにからかわれないわけがない。ただでさえ仁王先輩に弱味を握られているような格好だというのに、誰が好き好んでこれ以上の面倒事を増やそうものか。


「別に何もないったら何もないです!」
「そうやってムキになるところが怪しいだろい!」
「丸井先輩が信じないからでしょう!」
「おっまえそういうところ仁王に似てるんだよ!はぐらかそうとしやがって!」
「に、似てませんよあんな人に!失敬な!」
「おい二人共、少し声を抑えろ」


なんだか変にヒートアップしてしまった。言い争いを聞きつけた空気の読めない祥平が「助太刀いたす!」と言って間に割ってくれたおかげでどうにかうやむやにすることはできたが、丸井先輩のあの目は諦めていない目だ。ちなみにジャッカル先輩の目はいつもこうなるんだよなあという諦めの目だ。ドンマイ、ジャッカル先輩。

写真の事情を知っているのは仁王先輩だけ。私は先手を打つべく、携帯電話を取り出した。




突つき過ぎにご注意を

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