top : main : IceBlue : 129/140


四角く切り取る千里眼



事件は帰り道で起こった。


「なんじゃ、おまんも学校に行っとったんか」
「げっ!!」


明日香ちゃんを母の指令の元、我が家へ招待するべく帰宅していた道中のことである。私たちはあろうことか奴に遭遇してしまったのだ。奴がすぐにハンとジンに食いついたおかげで、明日香ちゃんの顔がニヤけたことに気づかなかったのは不幸中の幸いだろうか。


「おい」
「うぃっす先輩。分かったんでつねらないで欲しいっす」


銀髪、色白、目つきが悪い。名前を呼ばなくとも瞬時に分かったであろうこの人物の正体。釘を刺すため明日香ちゃんの脇腹を軽くつねり、余計なことはするなよと目だけで訴える。

それにしても、どうして仁王先輩がここにいるんだ。しかも制服で。今日は日曜日だし、部活動を引退しているはずの仁王先輩は学校になど用はないだろうに。それをそのまま尋ねると、自分たちは持ち上がりだから受験がないこと、新人戦が近いから後輩の相手をしに行ったこと、沙耶が来て深雪の手伝いをさせられていたことなどが分かった。あと幸村先輩が三年を早めに帰したとも。まさかとは思うが深くは考えたくない。


「呼び出されてるなあと思ったら…」
「こき使われとったのう」


きっと幸村先輩のことだ、彼女だから沙耶を呼んだのではなく、マネージャーの深雪と仲が良くて自分が連絡を取れる人物、という基準で呼んだのだろう。いつか病院で見たテニスへの執着から察するに、公私を混同するとは思えない。

と、お互いの事情をなんとなく察したところで仁王先輩の視線が明日香ちゃんへと向けられた。


「で、そちらさんは?」
「あ、すみません。佳澄の友達の内藤明日香です」
「例の写真部の子か。こいつをモデルに選ぶとは物好きじゃな」
「あれ?写真のこと知ってるんですか?」
「まあな」


写真に関しては私は一切喋っていない。となると情報源は恐らく母。明日香ちゃんに対してどことなく(意味もなく)はぐらかすような態度の仁王先輩を白い目で見つつ、もう一度釘を刺すために明日香ちゃんを睨む。が、彼女は顎に手を当て眉間に皺を寄せ、ハンとジンを見て何やら考え込んでいる様子。私の第六感が警鐘を鳴らす。これあかんやつや。なんか思いつきそうだこいつ。

危険を察知した私はすぐさま明日香ちゃんの腕を掴み、「じゃあこれで」と軽く会釈をして仁王先輩の脇を通りすぎようとした。さすがに明日香ちゃんがいる以上、散歩がどうのと言って我が家へ着いてくることはしないはず。

しかし、ここで待ったをかけたのは明日香ちゃん。足を踏ん張り、何が何でも動かんとしているし、仁王先輩も仁王先輩でいつの間にかジンのリードを掴んでいるわで私の顔は盛大に歪む。


「仁王さん?に折り入ってご相談があるのですが」
「なんじゃ」
「おい明日香ちゃん帰るぞ。これ以上この人に関わりたくない」
「あんたちょっと黙ってて」
「ういっす」


だめだ。写真モードに入っている。明日香ちゃん怖い。

頼むから断ってくれと念じる一方で、もしかしたらなんて淡い乙女心が顔を覗かせようとする。そんなものはグーパンチで壁の奥へねじ込みたい。いいか、あいつはハンとジンを誑かす敵だ。そう、敵。私がするべきはジンのリードを取り返すことだ。よし。


「ジンのリード、」
「仁王さんも一緒に写った写真を撮らせてください」
「悪いが、写真はあんまり好かんでな」
「ジンの」
「後ろ姿だけでいいんです!ハンとジンとこう、並ぶように…」
「あとでハンとジンの写真だけくれ」
「ジン…」
「よっしゃ!佳澄!ほらスタンバって!」
「明日香ちゃんきらい」


ハンとジンを餌にされた。明日香ちゃんには「いいからさっさと準備して!」と言い返された。世知辛い。

不満たらたらにハンとジンのリードと首輪を外し、荷物一式を道の脇に置く。人通りは少ないが全く誰も通らないわけではないこの道、あまり長い時間かけて撮影することはできない。明日香ちゃんは豪快に鞄を放り投げると首から下げていたカメラの電源を入れ、自分の手のひらを撮って設定を確認し始めた。


「仁王先輩も鞄置いて。明日香ちゃん、格好の指定は?」
「ブレザーあり。あ、携帯類はポケットから出してくださーい。財布も!」
「だそうです。私は?」
「さっきと同じ。袖のホックちゃんと留めといてね」
「はいよー」


慣れた様子で準備する私たちを見て、仁王先輩は少しだけ目を丸くした。しかしすぐに普段の表情に戻り、緊張感なく欠伸をこぼす。欠伸は移るからするなと睨む。やっぱり移った欠伸を見て仁王先輩は笑った。

準備が終わり、私と仁王先輩が前に並んでその後ろ、つまり私たちと明日香ちゃんの間にハンとジンが並んだ。明日香ちゃんからはそのまま話しながら歩いてくれとの指示が飛び、ゆっくりと足を踏み出す。


「いっつもこんな感じで撮っとるんか」
「まあだいたいこんな感じですね」
「それにおまんが慣れとるんが意外じゃ」
「夏休み前からやってますもん」


伊達にしごかれてはいない。カメラに慣れるだけでずいぶんと時間はかかってしまったが、そこはご愛嬌ということで。

そのままだらだらと歩き、撮影は五分ほどで終了。どうやらこの写真を使うかはまだ分からないらしく、使うとしても大判にはしないからと仁王先輩に約束していた。仁王先輩はハンとジンをひとしきり撫でると、もう用はないと言わんばかりにさっさと背を向けた。と思ったら「ハンとジンの写真、待っとるからな」と念押しするためだけにこちらを振り返った。娘の写真を持つ男を見た親の気持ちだ。複雑。

そしてその日の夜、沙耶から仁王先輩には会えたかとからかうような声で電話がかかってきたことで私は全てを察した。幸村先輩、私たちが鉢合わせになるようにわざと三年を早く帰したんだ。

この件に関して段々と被害が拡大してきているような気がしないでもないが、幸せそうにご飯を食べる明日香ちゃんを見ていたらどうでもよくなってしまった。どうせ学校も違うのだし、これ以上何かされることはないだろう。




四角く切り取る千里眼

←backnext→


top : main : IceBlue : 129/140